お寺本堂の落成慶讃法要にて!

多分、このような式典に出席させていただくのは最初で最後になるでしょうが。浄土真宗のお寺の新築工事に参加させていただいたおかげで、一連の儀式を目の前で拝見させていただきました。ちなみにこの本堂、建築制限のある都市計画地域ではお目にかかれない昔からの伝統的建て方(石場建て木構法などと言われています)で、今ではほとんどお目にかかれないこのクラスでは全国的にも珍しい新築(!)建物となっています。(全国、京都市をはじめ建築制限の多い都市計画区域では、必ず耐震のための何らかの鋼材等の補強が必要なため。この建物の地域は都市計画区域外。)DSC05970 DSC_0069DSC_0077

全てが金ぴかです!ここで最初にお稚児さんの登場!

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そして雅楽の演奏により始まりました!

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多くの浄土真宗の僧侶によります読経の始まりです!

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荘厳な雰囲気の中、有意義な儀式を拝見させていただきました。合掌!

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日本民家再生協会事業者の会・・鎌倉編

2月の5・6日と日本民家再生協会JMRAの登録事業者の会の研修会に参加してまいりました。開催場所は神奈川県の鎌倉市という風光明媚な観光名所や寺院などが顕在する地です。
 私は、もともと関東生まれなので小学生のころより何度か訪れていまして、車で2~30分のところに我が家の墓地もある曹洞宗の菩提寺があることから、今でも鎌倉の近くまでは頻繁に訪れています。
 今回は、事業者の研修と古い建物の見学会ということもあり、ゆっくり鎌倉を探索してみようということで泊まりがけでの参加となりました。

参加者は全国に100事業者近くいる登録事業者の中から30余りの業者が集合しての研修会です。
 一日目は、登録事業者の会の事務局より、相談員講習の趣旨説明と民家バンクの登録までの調査の流れや実態説明などが行われました。

続いての講演では、「地域の伝統技法が消えていく・・・古建築・河村邸調査」という演題で、高知からお見えになられました元四国職業能力開発大学校教授の中脇修身先生の講演を聴講させていただきました。
 中脇先生のお話は、江戸末期から明治にかけて建てられた高知の古民家の主屋や土蔵の調査の記録を映像や図面を使って御報告され、とくに土佐漆喰について特徴的な技法や特質について詳しくご説明をいただきました。

 現在では、土蔵や純日本建築でしかお目にかかれない漆喰ですが、そのなかでも特徴的な土佐漆喰については、今回初めて聞く内容でした。
 本来の伝統的な土佐漆喰の工程は、近くでとれる石灰岩を窯で焼き上げるところから始まるようです。窯が1000℃前後の温度になった時に、粘りの調整に工業塩をふりかけ4日後位にとりだし、放水すると生石灰から消石灰になるそうです。昔は女工が細かく砕き自然消化で粉末にしたのだとか。この粉末にする工程を「ふかす」というのだそうです。
 土佐漆喰は、いつだれが考案したのかははっきりしていないとのこと。土佐漆喰は耐久性の良さから土蔵によく使われたようで、ながせの時期(梅雨の時期)の左官の塗り仕事が一番よいとのことでした。工程も下地の竹を組む(竹小舞)⇒あら壁塗り⇒乾燥⇒中塗り⇒乾燥⇒漆喰塗りと長時間の工程のため、コスト高となり、次第に合理化され、工事量も減り、本来正当にできる左官職人が激減しているとのことでした。
 土佐漆喰は、稲藁のスサを発酵させて、混ぜ合わせて塗るため、塗った当初は土色というか肌色のような色をしているのですが、半年か一年たつと真っ白になるのだそうです。
鏡面のような仕上げになり、仕上げは手のひらを使って磨くのだとか。その作業の様子を貴重な映像で紹介していただきました。最近では、土佐漆喰が姫路城の仕上げにも使われているとのこと。
小舞に用いる竹は、やはり木と同じように新月伐採がいいようです。とくに秋の彼岸過ぎの新月に切る竹は虫もつかず、いつまでも壁下地では青いまま100年以上も残されることもあるようです。


小舞を編む縄は、「わらび縄」が最高とのこと。蕨の根っこで編んだ縄です。

有益な研修の後は、当然懇親会です。徒歩で歩き、中華料理の有名なお店で懇親会となりました。
この日の宿泊場所や鎌倉見学については、明日ご報告いたします。

雲にそびえるスカイツリー!


都内で建設業協会の労務に関する全国大会があったので、職業柄か、前日からでかけて行ってうわさのスカイツリーを見てきた。
タワーの断面が、下から上にいくにしたがって正三角形から円に変わっていく特殊な構造で、円形パイプの鉄骨が2万5千ピースにもなるとか。
両国の第一ホテルから眺められるとのことで、21階の部屋からさっそくカーテンを開けると正面に雲の中に建っている大きな物体が見えた。これでも十分に高いのだが、よく見ると雲の中に隠れていて全部が見えていない。雲の中にそびえたつ物体を始めてみた。ある種の感動だ!
両国の国技館前からスカイツリーめがけて30分歩いてみた。道中は、東京の下町の街並みが続く。喫茶店は、モーニングに集まるお年寄りで一杯だった。やはりここ東京の下町も老人天国なのか?
東京の下町にいきなり登場したこの物体。なんとも、首の痛くなる年寄り泣かせの怪物だった。

巨木の「五葉松」移植作業の動画を[youtube」に投稿!

樹齢150年以上の巨木庭木「五葉の松」の移植作業を動画編集しました。
はじめて、動画サイト「youtube」に投稿しました。8分間の動画です。一度ご覧になって下さい。
名付けて「五葉松移植プロッジェクト」


日本民家再生協会(JMRA)の登録事業者の会の行事に参加

4月304日と日本民家再生協会(JMRA)の登録事業者の会の行事が東京で行われましたので行って参りました。3日は事業者間の貴重な情報交換として事例発表等が行われました。

翌日は、宿泊場所の日中友好会館を出発しての明治・大正・昭和の建物を見ながら「本郷界隈を歩く」ミニツアーに参加してきました。

本郷界隈は、意外と坂が多く、壱岐坂(いっきさか)や炭団坂(たどんさか)・菊坂(きくさか)・鐙坂(あぶみさか)などを歩いて回りました。

その場所毎に文人ゆかりの地があり、樋口一葉旧宅や宮沢賢治下宿跡、高級下宿跡(菊富士ホテル)などを散策し、明治、大正、昭和のそれぞれ文化財的建物を見学して参りました。その様子を報告します。

思えば、今から35年以上前に、私もこの文京区にある大学に通いながら、この近辺を徘徊していたのを思い出しながら歩いておりました。あるときは、学生デモの一員として、ある時はサークルの仲間と、そしてデートコースとして・・・

小石川後楽園を出発します。

まず足軽長屋跡を過ぎて、最初に目に付いたのが旧金田一邸です。

次に訪れたのが、震災復興住宅がたくさん見ることが出来る場所と右京山

●震災復興住宅:関東大震災後に建てられた典型的な復興住宅

●多くのマンション郡の中で一軒頑張っておられるお宅を見つけました。家の中は暗いだろうなー!?

●次は  鐙坂です。旧武家屋敷跡のようです。

次に、住宅街の一角に昔懐かしいお風呂屋さんを見つけました。

いよいよ樋口一葉が暮らした地域に入ります。

一葉達が利用した井戸です。

つぎは旧伊勢屋質店:一葉が度々お世話になったといわれる旧質屋さん

いよいよ下宿屋と旅館街にはいります。

●鳳明館(本館) 下宿屋→旅館(明治30年代/昭和初期改造)国指定登録有形文化財

●鳳明館(別館)

●  この界隈は修学旅行生の宿や学生さん達の下宿街として有名な場所でした。

次に訪れたのは●  求道会館 浄土真宗教場(大正6年/平成14年改修完成)  設計:武田五一 氏  都指定文化財

 日本のお寺の関係施設としては大変変わった西洋風の造りでした。これで十字架があれば立派なキリスト教の協会です。

●  旧求道学舎 (大正15年/平成18年)求道会館敷地内にある元学生寮をコーポラティブ方式の住宅に再生したとのこと。この日は日曜日でしたので中を見せてはもらえませんでした。

そしていよいよツアー終盤です。

●本郷館 下宿屋(明治38年)木造3階建て 今度、当協会事業者の方が建て替え(?)の計画に参画するとのことでした。それにしても大きな木造アパートです。

●  菊屋ホテル跡:高級下宿屋、文人の宿、今でも有名な文人の名がたくさん書かれています。名だたる文人がたくさんいます。樋口一葉に始まり、石川啄木、二葉亭四迷、坪内逍遙、宮沢賢治、谷崎潤一郎、・・最近では宮本百合子から宇野千代まで

最後に菊坂周辺です。・・・脇道に最近名称がつくられたと思われるおもしろい坂がありました。その名も金魚坂。

ミニツアーの最後は、本郷通り 向かい側は東京大学です。本郷薬師で解散です。お付き合いありがとうございました。

五葉松移植プロジェクト。ついに終盤へ!

150年以上といわれる五葉の松の移動を計画し、準備から1年にして移動に成功しました。移植に成功といわないのは、まだ今年の夏を越さない限り、本当の成功とは言えないからです。本当はあと1年の猶予がほしかったのですが、移転の猶予が今年の3月末であったためやむなく1年で移植を実行いたしました。今回は、根切りだけに,人力を中心にして延べ10日以上かかっています。今回は移動のため、大型クレーンの50tタイプを用意しました。当地にも数台しかない大型クレーンです。

根がどのように延びているのかがわからず、つり上げるのにも時間がかかりました。つり上げ時の重量は、なんと10.5トン。つり上げる帯も特注を用意していただきました。

つり上げる頃には、近所の人達がたくさん見学にきていました。今回のこの松の移動に関しましては、多分このブログ写真では迫力に欠けるように思われます。そこで、動画撮影をしておきました。ちかに、動画でのブログ紹介も行おうと思っています。まずは、御報告程度にしておきます。

中々根が切れません

ようやく浮き上がります。

一回目の仮置き場

2回目の仮置き場

ようやく最後の移植場所になります。

無事移動成功です!

4月・・雪桜と竹炭のローソクポット

さて4月が始まりました。ちまたの官公庁や大手企業は、本日が入社式なのでしょうね。

当社は残念ながら、新卒者を迎えることが出来ませんでした。只、一人の二十歳の若者が先日から土木部に入社して頑張っています。

さすがに後輩が入社したために、これまで一番若かった嶋野君が先輩として、上手に後輩の面倒を見てくれているようです。

当社の専務も満足そうです。そのみんなから鬼のように慕われる?長崎専務が今日はお休みです。なんと、2女の入学式に参列するためだそうです。彼が初めてやって上げた娘孝行かも?!そんなわけで緊張感が無い当社の今日の朝礼、遅刻者が多いです。

そこでめでたくもあり、めずらしくもありで、変わった桜満開の写真を掲載いたします。つい先日の写真です。よくご覧下さい!

見事に満開の桜! の様に見えますが実はこれは先日の雪です。近づいてみると

雪が解けて実際はまだこんな姿です。

次に白のあとは黒!

竹炭をつくったときの、底の部分が完全に炭化していませんので、ローソクポットを考えてみました。結構いけますよ!

150年生き続けている五葉の松・・移植プロジェクト再開!そして・・

丁度一年前、五葉の松移植プロジェクトなるものをブログでお伝えしましたが、いよいよ移植の時がやって参りました。

本当はあと一年おいておきたかったのですが、お屋敷の移転に伴い、どうしても移植しなければならないタイムリミットを迎えました。

昨年根切りした部分の土を取り除き、そこまで全ての根を切り落とす作業に入っています。あと一日かけて、出来るだけ底の根まで切り落とす作業と根巻きの作業を行います。そして最後に大型クレーンでつり上げ、移動させます。

そしてこれも、先日のブログでお伝えした明治元年の高札五榜の掲示」についての記事が、地元の両丹新聞社の一面で取り上げられました。

私の留守中の残念な出来事!

会社を留守にするといろんなことが起こっていました。良いことが2件と悪いことが1件。

良いことは、公共工事の土木の入札で2件もの当社の落札があったことです。これは、当社の専務のおかげで上手に落札できたウレシイ話です。

 ところが悪いことのほうが「事は重大」で、あえて当社の恥をさらけ出そうと思い書くのですが、事の真相はこうです。現在進められている茅の台の建築現場の出来事です。

今年の春はあいにくの雨ばかり。現場の進捗状況が悪いこともあり、つい工事時間をオーバーしてしまい、お隣様にご迷惑をおかけしていたようです。

工事現場につきものの騒音とゴミですが、どちらも極力解決しなければならない課題なわけですが、当現場の監督は今回の工事を急ぐあまり、近隣の方々に犠牲を強いる解決方法をとってしまったのです。

工期と予算、そして騒音とゴミ。どれも現場監督にとって、クリアしなければならない重要な課題ばかりですが、一度にすべてをクリアすることは至難の業です。そこで、優先順位を考えなければならないのですが、彼は、つい工程の遅れを取り戻すために現場での大工さんの残業に目をつむってしまったようです。その結果、迷惑を被ったのは近隣の住民の皆様だったというわけです。こんな現場のトラブルが後々、住む方同志の中に溝を生む要因となることもあるのです。

幸いお隣の方が、当社に電話をくださり、常識のない当社の現場を指摘して下さったおかげで、当社の専務が工事を止めさせ、営業部長がお詫びの対応をとることにより、お隣の方とも深い溝をつくることなく、その後工事は順調に進み始めました。

 帰国後、報告を受けた私が早速、お隣の方にお詫びにいきますと、逆に恐縮して下さったご様子。更にお話をお伺いしていますと、当現場の上棟の儀式をしていただいた教念寺のご住職とも親しいお方で、逆に知り合いつながりということで話が弾み気持ちよくお詫びすることができました。

 私自身も、反省しなければと再び思いました。―すべての現場監督が、自分と同じように考えられるわけではない。ひとりひとり判断基準も違い、思いも違う。すべて任せたと安心してしまってはいけない。その場その場に応じた臨機応変な判断力を如何にもってもらうかの訓練も必要だな―と。

ニューヨークより帰ってまいりました。

一週間の旅から帰ってまいりました。本日より、通常どおり早朝5時よりジョッギングを再開いたしました。帰った1日目は、ちょっと体調が重かったですが、本日より普通に起きることができました。一週間でも相当夜明けが早くなっていますね。ただ、いつまでも寒いですね。天候も悪く。工事の進行がどこも遅れているのが気になります。

茅の台のニュー蔵漆も屋根仕舞いの完了がなかなかできず板金屋さんも苦労しています。

ニューヨークでの娘とその友人たちのサプライズ!

ニューヨーク最終日。娘が今日は夕方からどうしても用事があるので、お世話になっている方(日本食レストランやバーをしておられるマコトさん)の所に連れて行かれ,時間をつぶすことになりました。誠さんの奥様達にも迷惑をかけることになるので、家で待っていればよかったのにと夫婦二人して思いながらも、マコトさんや奥様、それにモモさんや幼い娘さんと久しぶりに木の床に腰をおろし、ゆっくりさせていただきました。

 やがて夜が訪れ、外はあいにくの雨です。今晩は、娘の部屋で何かを食べるとのこと。モモさん達も一緒に食事をしましょうとのこと。雨なのでタクシーを呼び、娘のアパートまで。娘もおらず、鍵がないのに、どうしょうと相談していますと、やがてアパートへ到着。珍しく、娘と同居していますユリさんの部屋の電気がついています。モモさんが私の娘に電話をします。すると、用事があって出かけていたはずの娘がドアを開けてくれました。なんか変だな?と思って、三階の部屋のリビングのドアを開けると、10帖余りのリビングに友人たちがいっぱいです。皆さん、私たち夫婦のために、早くからパーティの準備をしてくれたようです。娘は、私たち夫婦をマコトさん宅に預け、買い物をし、料理を準備していたのでした。私たちの相手をしてくれたモモさんやマコトさん夫婦もそのことをご存知で、皆さんで私たち夫婦のためのパーティを企画してくれたのでした。

 あとからあとから訪れてくれる友人たち。総勢何人いたのかわからないほどです。30人近くの人数になったのでは?!

 皆さん素晴らしい人ばかりです。日本はじめ、アメリカ、韓国系、スペイン系、東欧系や様々な国々の方やカップルなど。いやあ、こんなインターナショナルなパーティは生まれて初めてです。たどたどしい言葉でも、心が通じ合い楽しい晩餐となりました。

皆さん、当社の古民家再生に興味がある方ばかりです。京都に来た折はぜひ見学したいとのコト。アメリカで活躍するデザイナーやプログラマー、経営者など様々な方たちとの出会い。娘の友人関係の広さに、只々驚かされるばかり。娘は、あと1年後には今度はフランスをめざすとのこと。

日本が開国し、アメリカ本土と行き来するようになってわずか140年余りですが、本当に文化も生活習慣も違う人たちが、今日本人も加わり世界中で交流ができているんだという実感を肌で感じるアメリカ滞在となりました。

ニューヨークスタイル?アメリカのくらし?住宅?・・・

私たち夫婦が5日間泊っていたのは、私の娘が住むアパートです。2階を3人で借りています。私の娘、韓国人の女性、それに日本人の男性とのこと。日本では考えられませんが、気の合う仲間同士でワンフロア―を借り切り共同で生活しているようです。もちろんプライベート空間があり、それぞれの生活環境は保障されているようです。ワンフロア―の家賃が二十万円ぐらいとのこと。

同居する日本人の男性とはお出会いすることはできませんでしたが、韓国人女性のユリさんとは、1日目から楽しく飲食を共にさせていただきました。

 もう本日はアメリカ滞在の最後の夜となります。皆さんへのお土産買いや何やらでマンハッタンへ行ってきました。

 最後の夜は、大変なサプライズがありました。それは飛行機の中で書かせていただきます。

 ニューヨークでの滞在記、お世話になった娘のアパートと周辺の建築の様子をレポートします。写真は一般的なアパートの様子です。マンハッタンのイーストストリートに行ってみると広場で有機農法(オーガニック)で作られた野菜のマーケットをやっていました。アメリカでもオーガニックがブームのようです。

ホットアップルサイダーがおいしかったです。ラーメン屋さんがありました。日本でも有名な一風堂さんです。すごいボリュウームでした。壁に木切れを上手に使ってありました。

不動産屋さんを見つけました。アメリカでは、弁護士さんたち以上にハイソサイヤティーな職業とのことです。建築現場です。日本より建て方はショボイです。仮設もいい加減な感じがしました。

24時間動いている街!ニューヨーク

朝、マンハッタンブリッジ前のチャイナタウン前のバス停からボストンに出発した私達は、往復8時間余りのバスの旅を終えて、マンハッタンビレッジ前に帰ってきました。

 旅の疲れも見せずに、韓国人の経営する料理店へ直行です。夜も11時近くなのに渋滞です。タクシーに乗り込んだところ、運転手がどうやら、ブルックリン方向は道が混んでるのでイヤだと言っている様子です。娘が乗車拒否はダメ!と怒って、そのままブルックリンの料理店へ。実は、ここは私の娘がお世話になっているお店とか。久しぶりに韓国の焼肉料理をいただきました。

 すでに時刻は、夜中の0時を過ぎています。歩いて、帰宅途中に、娘がたまに行くというバーへ。夜中というのに満員です。さすがに、バーテンダーも一流とか。並ぶお酒の瓶の数にびっくりです。

 いやア、夜も動いています。地下鉄も24時間。タクシーも24時間。夜の2時過ぎに清掃の車がゴミを集めています。こちらも24時間とのこと。

 外壁の絵にもびっくり。こちらは前日にいったMoMA美術館の今行われているコマーシャルの絵なのですが、何と外壁に手筆で描かれたものです。ちなみに参考までに、ほかの場所で見つけた、外壁に貼られたコマーシャルの絵がこちらです。

4日目はボストンへ。ここもよかった!

今日は早くからバスに乗って一路ボストンを目指します。9時にチャイナタウン近くのバス停から乗りました。料金は、1500円の高速バスです。満員です。丸4時間かかりました。目的場所は、ボストンの子供博物館です。

駅で、子供博物館の場所を聞くと、目の前だと教えてくれました。なるほど、ターミナルを出ると、熊谷先生からいただいた資料と同じ姿の建物が見えました。

博物館の中にアジアのブースがあり、京町屋というスペースが3階に造られていました。子供たちがたくさん遊んでいました。京町屋へは靴を脱ぐという説明があり、おもしろいことに、道路部分から皆さん靴を脱いで見学していました。

この京町屋を作成するために多くの方々の協力があり、多くの寄付が集められたようです。その、協力者名の中に、設計者として熊谷勝氏の名前が書かれておりました。30年前京都の町屋を解体し、このボストンまで運び再生させるというプロジェクトに敬服しています。今回当社の蔵漆にも多くの古材=古財を使うという、何か不思議な運命を感じています。

ボストンはニューヨークより寒いです。港があり、建物も歴史を感じさせてくれる素敵な街です。この街はボストンマラソンでも有名ですが、一度ゆっくりジョギングをしたいと思いました。ジョッギングを始めるという人に、美味しいロブスターと牡蠣の店を聞いて、多くの人が集まっているショッピング街に行き、ロブスターや牡蠣をタラフク食べました。夕方、またニューヨークに向かって高速バスに乗って4時間の道のりです。バスの中でこのブログの原稿を書いています。

ニューヨーク第3日目です!

 今日も地下鉄に乗って、出かけました。市内にある鉄道の跡です。ビルに向かって鉄道が切れています。現在、公園にしています。まだ工事途中のようです。アメリカという国はイヤハヤ何ともスケールがでかいですよ。

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まだまだ自動車王国です。駐車場もスケールが違います。

夜のマンハッタンやブロードウエイ付近も夜景がすごいです。人もものすごい数です。東京の新宿・渋谷よりもズットズットすごいような気がします。

昼間は今日もマンハッタンのMoMA美術館に行ってきました。現代アートを中心に展示をしている美術館です。ピカソの絵がたくさんあるのには驚きです。

 夜はブロードウェイで、日本でもご存じの「マンマミーヤ」のミュージカルを鑑賞しました。料金は、安いのが6千円ぐらいから2万円台まであります。私たちは、安いのよりちょっといいチケットで入りました。舞台中は撮影できませんので、上演前の会場の様子です。

ニューヨークで娘に教えてもらったこと!

アメリカに着いて二日目です。イヤハヤ、さすがに世界一の大国です。スケールが違います。

スケールについては、あとでゆっくり述べるとして、娘に教えてもらったことが一つあります。それは、本当の意味での成果主義の考え方。基本的に、サービスをナリワイとする人たちは、自分の働きによって賃金をいただくということ。当たり前のことのようですが、日本では実際にはできていないような気がします。その典型的なことは、チップ制度です。

簡単にいえば、レストランや食堂、バーなどで接客する人たちは、チップで生活をしているいということ。お客様からいただく、食事や飲食などの料金はお店の支払いなのですが、その料金とは別に飲食費の15020%を置いていってもらうのです。ですから、従業員の態度が悪かったり、サービスが悪かったりすればてき面です。チップはいただけないというわけです。お店によっては従業員が、チップを頂けなかったお客様を追いかけて行って、「何か不都合がありましたか?」と尋ねるそうです。

私の娘も、今は飲食店で働いていますが、私が訪ねて行く前の日は、お客様が少なくて、チップをいただくのが少なくて、4,000円にしかならなかったとのこと。でも、お客様が多くて、自分を気に入ってくれたお客様ばかりの時は、1日30,000円でもそれ以上にでもなるとのこと。結果的にはお客が来てくれれば、経営者にもプラスなわけで、プロの人になると、店の経営者から接客するテーブルの権利を買う人もあるとのこと。

日本でも、バーやキャバレーでの接客については、そんなシステムがあるような感じですが、ちょっと日本とは違うような気がしています。文章では表現するのは難しいのですが・・

話は変わって、今日はニューヨークの中心に行ってきました。まずは、メトロポリタン美術館です。入ってすぐのところに、日本でもおなじみのツタンカーメンの遺品がたくさん展示してありました。ゴッホをはじめモネやマチスをはじめとする画家の作品もすごいです。日本のコーナーはショボかったですけど。・・

写真はニューヨークの地下鉄です。その次がメトロポリタン美術館、次がセントラルパーク、最後に昨日見た国際貿易センタービルの前です。

ニューヨーク第1日目!

関西空港から成田へ。成田から何と12時間をかけてニューヨークにきました。アメリカのセキュリティはすごいです。入国の審査で1時間やっと終わったかと思うと税関で中身のチェック、出てくるまで1時間半かかりました。娘ほか出迎えの方々は待ちくたびれていました。

さて車でブルックリンへ向かいましたが、車は渋滞に巻き込まれました。迂回して車は、何とあの破壊された国際貿易センター前を通りました。大分工事が進んでいました。

娘のアパートの前です。

さっそく、周辺ブルックリンのウイリアムスバーグを散策しました。4年前娘がバイトでお世話になったお店とか。マスター(イタリア人)にコーヒーを御馳走になりました。

結構素敵な街並みです。

夕暮れも素敵です。

一日目から、だいぶお酒を飲んでいます。その報告は次にします。では第1日目の報告でした。

久しぶりのブログです!

明日から娘のいるニューヨークに行きます。目的は様々です。観光はもちろんのこと、日本建築の魅力や古材のこと、古民家に対する米国人の思いなど様々なことを探ってこようと思っています。またボストンにある子ども博物館の中に復元されている京都の町家を見学しようと思っています。実は、この町家復元を担当したのが、当社のニュー蔵漆を設計してくださった熊谷勝先生であることを教えてもらったのです。是非現場での米国人達の様子をブログに書こうと思っています。期待していてください。

ニューヨーク行きの前に、昨日・今日は、当社が税務署の監査を受けておりました。久しぶりに、茅ノ台のニュー蔵漆の家の進行状況を確認しにいきました。

職人さんそれぞれが、てきぱきと仕事をされておられます。今では現場で余りみられなくなった職人さん達の姿がこの現場ではみられますのでご紹介します。

今では珍しい現場で手鉋を引く姿です。

最近ではノミも珍しいかもしれません。

玄関のポーチの柱をあわせています。

屋根はガルバニュウム鋼板で葺いています。屋根が急勾配なので足場をしていますが、職人さんも大変です。

蔵漆の赤いヘルメットの監督員です。

春の気まぐれな天候に悩まされています!

先週の茅ノ台の「ニュー蔵漆」の上棟の日から、雪交じりの天候に悩まされています。今日の朝も雪が降っていました。その後天気は回復し、やっと大工さんが屋根仕舞いをできる天候になりました。

5月の連休のお披露目に向けて、これから急ピッチでの作業となります。

 この「ニュー蔵漆クラシック」の建築について、KBS京都の羽川英樹さんの放送中にお話しさせていただく機会を得ました。是非、その時はラジオに耳を傾けてください。

今朝の我が家からの春の雪の風景です。

茅ノ台の眺めの良い場所に建つニュー蔵漆

屋根仕舞いが急ピッチで進みます。

大黒柱は7寸(21?)のけやきです。

蔵を利用した田舎の喫茶店・・京丹波町の「かりん」さん

蔵を利用した田舎の喫茶店・・京丹波町の「かりん」さん

妻と二人で京都へ車で出かけた帰り道、久しぶりに京北町まわりで周山街道を通って帰ってきました。去年、美山町に何度か出かた時に、周山街道沿いで撮影した田植え前の田んぼと古民家の場所をもう一度確かめたくてわざわざ遠回りのドライブを楽しんできました。

その途中、妻が立ち寄ってみたいという蔵を改造した喫茶店に行ってまいりました。すでに当社の営業の山本部長は、訪れているとの情報が・・。由良川を横断する谷にかかる田舎の橋を渡り、細い田んぼ道に掲げられた看板を目当てに運転していくと小さな集落の一角に蔵と古民家が見えてきました。白い蔵の入り口ののれんをくぐると中はこじんまりとしたカウンターのある喫茶室になっていました。

6年前から大阪から移り住んで、営業をはじめたという女性店主は、近くの道の駅でも販売しているという手作りの天然酵母パンを包装しておられました。

私たちも、手作りのウインナーとこのパンをいただき、美味しいコーヒーを味わいながら至福の一時を過ごさせていただきました。

「当社の古民家でもこんなコーヒーブレイクができたらよいのになあ!」と思いながら帰ってまいりました。誰か、当社の古民家で喫茶室を運営する気ありませんかねえ?

蔵が喫茶店です。

暖簾をくぐるとこじんまりした室内空間が。

お店の中です。許可を得て撮影させていただきました。

おいしいパンでした。