看板のリフレッシュ!創業50周年!

この6月の季節はずれの台風によって、当社の古民家再生の立て看板が倒れてしまい、ドライバーの多くの方々から「看板こけとるでー」「なおさんのかー」という電話やメールをたくさんいただきました。

建設業でもあるのにもかかわらず、中々修理しない当社のイメージダウンを心配してくださった多くの方々に感謝をこめて新しいイメージの看板にいたしました。
実は、この看板デザインのメインでありました古民家の家主様が決まり、次の新しい看板の製作を考えていた矢先の台風被害だったのです。

今回は、当社の取り組みイメージを強調するとともに、創業50周年をむかえた当社が、さらに
地元で仕事をさせていただく心意気をアピールさせていただきました。

続。梅雨の合間の建前2軒!

梅雨に入ってこの6月に3軒の建前を行いましたが、ラッキーなことに1軒も大きな雨にたたられていません。昨日と本日の建前とも、雨に降られないうちにルーフィングまでの処理を行うことができ、梅雨のこの時期としてはうれしい上棟となりました。
2軒の建前とも、街中からは離れた場所にあるのですが、1軒のお宅は、兵庫県の豊岡市の日高町。郡部まで全てが都市計画地域となってしまい、里道とおもわれる田舎道に2項道路の適用扱いなど、確認申請の手続きに設計者が苦労しておりました。もう1軒のお宅も、車庫なのですが、市街化調整区域や急傾斜等の規制区域のため、こちらも手続きに手間取り、担当者の苦労もさることながら、施主様にも大変辛抱していただきました。
最近は、街中であろうと田舎の1軒屋であろうと、建築確認申請の困難さを痛感いたしております。ただ、お役所仕事は、住民のためというより、自分たちの職の安全だけをかばう為の手続きのように思えるのは、私だけなのでしょうか?かくいう私も14年間余り公務員であったのですがね・・
その苦労が報われるかのような2軒のお宅ですが、梅雨ではありますが、雨にもたたられず無事屋根仕舞までできたことに感謝いたしております。合掌!
こちらは豊岡市の故郷のお宅を改築されたお客様のお宅です。

当社は解体をお願いされていたのですが、古材=古財の一部を保管して改築に使用することをご提案!
施主様は快く当社のご提案をご了承していただき、お子様たちと故郷で過ごすお宅の建築決意されたのです。


廃材となる運命だったこの古材=古財たちは見事よみがえりました。




贅沢な平屋です。昔の面影のある小さな越屋根も付いています。

もう一つのお宅は、大きな車庫なのですが、確認申請に手間取り、大変お客様にはご辛抱いただきました。申し訳ありません。やっとのこと建前ができました。

梅雨の合間の建前!?


先週、当社が販売していました宅地に、買主様が新築住宅を計画され、無事念願の上棟式を挙行することができました。
今回の住宅を計画された御夫婦は、私の子供たちと同じ30前後の世代の方たち。新築に携わった世代も30代。現場を管理する監督も、自らも新築を計画している30代です。
当社は、「mukuru夢来」という若い世代の注文住宅にも挑戦し、オリジナルの住宅を希望されている方の夢をかなえることを何よりの喜びにしています。
今回の住宅も、今までの構造材とちょっと違っています。構造材はすべて国産材、土台にはヒノキを使用していますが、多くは宮崎県のオビ赤杉を使用してみました。
杉には、脳と自律神経に作用して鎮静リラックス効果があるようです。「奇跡の杉」でも有名になった特殊乾燥技術をもつ愛工房さんの杉でつくった化学物質過敏症対策のベットやセラピー効果のある部屋などは有名になりましたね。
今回当社は、神戸の「木童こどう」さんという木材会社を通じて構造材を仕入れています。
震災の影響のある新建材や設備機器が、今回ほとんど使われる予定がなかったため、ほぼ順調に建前をむかえることができました。大雨の予想された金曜日でしたが、当日は晴れ間となり、上棟をむかえる日としては申し分ない一日でした。
お天道様とお施主様に感謝!感謝!
大雨が予想された金曜日!朝礼と施主様のごあいさつの後いよいよ作業開始です!


大勢のギャラリーに見守られた建前です。大工さんも午前中は緊張していました。

午前中は大分捗(はかど)っていました。

今回構造材に丸い穴・ホゾが見えますが、これは込栓(コミセン)という仕口や継手などを固定する堅木の栓を埋め込む穴なのです。

おかげさまの天気で、午後には棟上げができました。



屋根仕舞いは杉の合板を貼り、その上にビルボードという防音と遮熱のための材料を貼ります。
屋根はGL鋼板葺きにしました。もちろん、屋根裏には断熱のためのセルロースファイバーを乾式吹き込み工法というデコス社の工法で吹き付けます。

建前には上等?の日でありました。

田舎の空き家や古民家を調査して感じること。

田舎の昔のままの住宅の調査をしてみて、いつも感じることがあります。それは、家の周りの排水機能が極めて不十分な住宅が多いということです。土地が広い分、昔から排水は垂れ流し、末端で自然浸透か土掘りの水路ぐらいのところが多かったのでしょう。
昔は、どこの住宅もそうだったのですが、家の改築や造成計画、また浄化槽や下水道の普及・道路や河川改修による排水路の整備などによって、多くの住宅地は排水処理の問題をクリアしてきました。
 ところが、大きな敷地のまま保存され、残されてきた古民家は、水周りもあまり手を加えられることなく、排水施設もそのまま残されてきた場合が多いのです。
結果、冬の住宅の北側は春まで積雪が残り寒く、梅雨の間はジメジメとぬかるんだ状態がみられ、住人にとって最も憂鬱な状態であったといえます。建物自体もほとんどが北側となる家の裏側の構造体が最も傷んでいるのが実態であります。
また住人の方々から聞かれる最も多い言葉は「湿気をなんとかしてほしい!」です。
そして、この大きな要因が家の周りの排水計画ができていないことが一番なのです。
ところが、みなさん家の間取りや近代的なキッチン、システムキッチンなどに費用が集中してしまい、中々外周りの排水まで費用を考えておられません。
当社の建築の設計者にしても、家内部のディテール(詳細)は提案するのですが、中々外周りの終末処理まで、緻密な見積もり提案ができていないというのが現実です。
 結局のところ予算も関係してくるために、外周りの排水計画にどうしてもお金をかけられないというのが実態のようです。
当社の場合、その少ない予算の中で、建築担当者から常に最後の仕舞いの仕事を依頼されるのが、土木部の専務です。「そんな予算でできるわけないやんけ!」となるわけですが、「土木の岸下」という手前、手を抜くわけにはいきません。かくて、土木部の仕事は赤字状態ということになってしまっているわけです。
当社では、古民家再生の場合にほとんどの場合、床下までめくり、コンクリートを打設し、床下の湿気等を極力抑える工事からおこないますが、予算がない場合もあります。そんな場合の解決策は、とりあえず、家裏の排水処理を解決し、床下をめくり、(当社の炭焼き小屋でできた)竹炭をシート上に大量に敷き込み、湿気やムカデ等に対する対応を考えることにしています。
今後は、設計当初の段階から、外周りの排水費用も十分見ていただくことが快適な住まいづくりになることを強調していきたいと考えています。
家の裏がこんな状況のお宅が多いです!

排水が見えませんね!

こちらのお宅は改修途中なのですが、月日がかかるため、裏の湿気の要因を取り除くことにしました。


上のような状態を、とりあえず改修まで年月が空くため、湿気の要因を取り除きました。

幸せと繁盛を招くもの?!

当社の経営理念の文言の中に「…福をもたらす会社を目指す」とあります。

そんな大それたこと言う会社の代表である私が、ちょっとだけ期待していることがあります。
最近、こんな出来事に小さな「幸せ・繁盛」を求めてしまいます。もう一つ、宝くじにも・・・
では、動画をご覧ください。

「日本伝統木造の心」きんき民家塾への参加!


日本民家再生協会(JMRA)の関西の関係者により開催されております「きんき民家塾」が10周年を迎えるにあたり、特別講座として法隆寺の大野玄妙管長と奈良大学の西山要一教授を講師とした講演会を開催しました。



 場所は、大阪中央区船場の綿業会館。JMRAの関係者行事らしく、ルネサンス風建物で1931年に完成し、現在国の重要文化財に指定されている建物の大講堂でした。
 当社からも私を含め3人が、この特別講座に参加してまいりました。
第一部では、法隆寺管長の大野玄妙氏による「日本伝統木造の心」と題する講演。
 法隆寺は、ご存知のように1300年ほど前に聖徳太子によって建てられた日本の最古の建造物を持つお寺です。聖徳宗総本山といい、末寺を持たないお寺のようで、古いお寺がある奈良では珍しくないようです。
大野管長が129世住職ということです。
さて講座では、仏教の伝来が、日本建築の歴史に大きく関係のあること。仏教文化を取り入れ、「和ヲモッテ貴シトス」と説いた聖徳太子が、法隆寺をはじめとする寺や神社の建立を通じて、大陸からの模倣に始まった木造建築をはじめとする文化を、我が国独自の「和の精神」としてつくりあげていったこと。建物やモノづくりの信仰を通じて、のちに城郭建築や民家の発展にも大きくかかわっていったこと。
 聖徳太子が望まれた「和の精神」、平和な社会形成のための文化遺産を守り継ぐことの大切さを語っていただきました。

 第2部は、奈良大学の西山要一教授との対談でした。西山教授は、文化財の科学的保存処理に力を注いでおられるお方です。私が、埼玉にいるころに話題となりました稲荷山古墳出土の鉄剣から115文字の金象文を発見・保存するなどされており、奈良の文化財の大気環境‐大気汚染観測を25年近く続けておられるようです。
 そのお話の中で、印象に残り知ったこと。
① 正倉院の宝物を守ってきた環境。温度20%、湿度60%の環境であるということ。
② 近代において、日本の文化財保護を最初に訴えたのは岡倉天心であったということ。
③ 日本の保存科学の始まり・・法隆寺金堂壁画の保存であったこと。
④ この保存で今では一般的になっている合成樹脂を使った方法が初めて使われたこと。
⑤ 東大寺の大仏さんの「お身拭い」は大仏さんをさびから守る大事な行事であったこと。
⑥ 大気汚染による文化財への影響が大きいが、春日山などの自然環境が大気汚染防止に大いに影響し、自動車等の排気汚染の減少が文化財に大いに役立つこと。
そのほかに、今の国の文化財行政へのお役人の対応が、先の原子力事故での国の対応と同じく、建物の修復など中々「お役人が判断してくれない」、解釈がマチマチで不条理がある、工事費用はお寺も半分負担するにもかかわらず、役所都合の工事となっているなど、普段聴けない
お話も伺うことができました。
あいさつに起つJMRAの重鎮、小原塾長です。

この特別講座には70名の方が参加されましたが、
大野管長、西山教授、綿業会館大講堂という豪華さが、この人数ではもったいない感じがしました。

台風の見学会と薪ストーブ

今回もまた当社の見学会は荒れ模様の見学会となりました。冬の見学会は、大雪の中でした。
見学会の後半に古民家のお宅に薪ストーブがつきました。台風の雨の中でも見学に来てくださるお客様に感謝です。



今回施主様が設置されたのは、英国製のESSEエッセという薪ストーブです。

広葉樹に限らず針葉樹でもどんな木切れでも燃やすことができます。


台風にもかかわらずご見学くださいましたお客様ありがとうございました。
このESSE社。薪ストーブのオレンジの炎と同じような炎をだす、ガスストーブを作っています。
今回はじめて日本で発売です。見学会は、明日5月30日(月)までやってます。よろしく!

中学生の職場体験!+余談・・ 親父たちの禁煙談義!

25日から本日までの3日間、地元の中学校の生徒を受け入れて職場体験をしていただきました。例年3~4名の生徒を受け入れておりますが、今回は初めて2名の女子生徒を受け入れてみました。

 
担当も昨年入社した建築営業企画の女性社員の二人ということで、当初からデスク
ワーク中心の内容になっていたようです。家のデザインや設計を考え、紙模型で家を
完成させるという実習となりました。その他に、古民家再生中の現場や見学会の場所
などを見て回っておりました。
 本日は、朝から当社の竹炭を作っている窯でのお手伝いです。
ちょうど、竹炭ができ、窯から取り出す作業の日です。
朝一番に、私が竹炭の効用等を説明した後、いよいよ現場に出向き、炭を作っている
源次郎さんと英二さんに窯の説明をうけ、いよいよ取り出し作業です。







二人とも、真っ黒になりながら楽しんで作業をしていました。
当社の女性社員たちも結構楽しんでいたようです。・・・・
・…ところで、中学生の実習とは全く関係のない、今回おまけの動画を載せてみます。
団塊の世代の飲み仲間たちが語る楽しげな「禁煙談義」風景です。
興味ある方だけ見てください。結構ばかばかしいのですが、陽気なたのしさが伝わってきますよ。

NPO日本民家再生協会(JMRA)の総会に出席!

当社の民家再生のイベントが開催されている最中なのに、東京の飯田橋での日本民家再生協会の通常総会に参加させていただきました。
 
事業者の会には何度か参加させていただいているのですが、正会員として総会に参加さ
せていただいたのは初めてでした。
年々減少する会員と厳しい財政事情を反映して、現執行部に対する手厳しい質問意見が飛び交い、会場使用時間ぎりぎりまで討議が続く熱く燃え上がった総会でした。ただし、総会が終了した宴席では、全国から来られた仲間との交流が行われ、和やかな酒宴となりました。
 今回、メインの講演となりましたのは、宮城県石巻市で地震と津波の被害にあわれ、自らの事務所兼自宅を失い、現在復興に向けて地域で精力的な活動を続けておられる登録事業者でもあるササキ設計の佐々木文彦氏の報告でした。

 
津波の瞬間を映像で説明。流される橋の様子。

佐々木さんの素敵だった自宅兼事務所の様子です。木造部分がすべて流されたようです。

この学校もすべて津波に襲われたようですが、幸いこの校舎の生徒たちは山に逃げて無事だっとか・・・



当会の仲間は、被災し、すべてを失くした佐々木さんにノートパソコンや高圧洗浄機などのカンパ資金を募り、被災した方々の義捐金を集めるなどの支援を行っています。
今回、久しぶりに生まれ故郷の関東に行きましたが、予想していたほど東京の夜は暗くありませんでした。確かに電車の冷房は弱めでしたが・・
千葉の弟のマンションに泊ったのですが、早速、翌朝久しぶりに震度4の地震を体験いた
しました。関東にいた頃は慣れていたのですが、関西ではめったに体験しませんからね。

見学会の準備!

この週末から2週にわたって、綾部での古民家再生見学会を実施することになり、最後の準備が進められていました。
土木部は、外構の砕石敷きのお手伝いに一日来てくれていました。準備会前ですが、軒先には様々なビニールテープがたなびいていました。何でしょうね?

ご家族の方が昔育った家とのことです。
そういえば、ツバメも自ら生まれた場所に戻ってきて巣を作りますね。
余談ですが、今年も私の家のライトの上に巣を作っています。

余談でした!

青空がきれいで、屋根の妻側、破風や縣魚部分も美しく見えますね。

見学会に向けて汗だくだくで、準備をしてくれていました。

例の煤竹がここで使われていますね。

このホームページにもきれいな写真が掲載されると思いますが、私のは素人写真です。
アングルがいまいちかもしれませんので、是非見学会で実物をご覧になってください。


そうでした。実は私は、今週の土・日は東京のJMRA日本民家再生協会の総会に出席のため、今週の見学会には参加できませんが、28,29,30日と参加の予定です。是非おいでください。

古民家再生完成見学会と創業50周年!

古民家再生の見学会も何度も行っているわけですが、今回は綾部で初めて開催いたしま
す。
綾部でも古民家再生は何軒か工事をさせていただいていますが、今回は施主様がまだお
住まいになられていないという好都合な条件も重なりまして、施主様に甘えさせていただ
いた次第です。
今週の金・土・日と28・29・30日と6日間の開催となります。


今回のチラシにはこんな文面を載せています。

さらに拡大すると

そうなんです。当社は、今年の3月22日で創業丸50年をむかえました。
先代が福知山市の上川口で土木工事業を始めたのが、昭和36年の3月22日でした。
その後、昭和50年に法人化され岸下建設株式会社となりました。
私が社長になったのが平成3年ですから、もう20年がたってしまったんですね。
古材や古民家に比べますと、まだまだ歳月が少ないですが・・・
創業50周年の取り組みを考えております。お楽しみに!

有意義な一日。大活躍のテント!

5月7日土曜日。は、有意義な一日となりました。まず朝の9時から、当社が販売しておりました堀の五位坂の分譲地にてT様ご夫婦待望の新築住宅の地鎮祭を挙行させていただきました。
 一宮神社の宮司様により、晴天の日差しの下、厳かに執り行われました。私の知り合いでもあるAさんがお隣ということもあり、朝早くから草刈りや地鎮祭の準備にご協力をいただきました。
T様の御両親様達とも、すぐに親しくなっていただき、新築場所も満足していただいたご様子でした。
この日は午後から、偶然にも新築される御夫婦と同姓であります同じくT様の家の新居が完成し、重い家具等の移動をするということで、建築部、営業企画部のほぼ全員で御引越しの手伝いをさせていただきました。こちらは、数百キロもある金庫の移動を8人の人力作業によっての移動です。あーでもない、こーでもない、と言いながら、無事移動は終了いたしました。
さて、夕方からは、この春、入社されましたお二人の社員の歓迎会です。
私の家の前で、バーベキューパーティということで一足先に帰って準備に取り掛かりました。あいにく、空模様があやしくなり、ぽつぽつとにわか雨が降り出します。早速、午前中に地鎮祭で使用しましたテントが活躍します。
社員が勢ぞろいしたころには、雨も上がり、楽しいバーベキューパーティになっておりました。入社されたお二人の社員もすでにとけこみ、大活躍してくれると期待しています。
とても有意義で、とても疲れた一日でした。満足!満足!
一宮神社の宮司様により厳かに地鎮祭は行われました。日差しよけにテントも活躍中!


一方夜を迎えた私の家の前には、地鎮祭で使用されたテントが・・・

バーベキューの焼き肉のにおいがたちこめています!

久しぶりの土木部、建築部、建築営業企画部が勢ぞろいしました。


新入社員の方も歓談しています。

いつの間にか、肉を焼く係は決まっていました。


専務と島野君は何やらタケノコの処理をしています。

本日、引っ越し作業のT様宅の竹林からタケノコを掘ってきたのは、藤井さん。

都会育ちの二人も、タケノコの焼き加減に満足の様子!

こちらの新入社員もわきあいあい!

楽しい夕げとなりました!

いまだに雪深い奥只見!国内水力発電の拠点を訪ねて!

驚きのトンネル?!奥只見シルバーライン!5月の3~5日にかけて、不謹慎とは感じつつも福島と新潟の県境にある奥只見ダムまで行ってきました。いまだに数メートルの雪が残る奥只見は、関東に住んでいるころからなぜか一度は訪れたいと思っていた場所でした。 2日の晩11時過ぎより、いつものスキーメンバー老人部隊(70過ぎのお医者ご夫妻さま、60過ぎた御住職ご夫妻さま、今年退職した元市役所部長さま、そして58歳の若い私)が2台の乗用車にて、7時間かけて一路、新潟県魚沼市を目指しました。
到着地は、新潟県北部の魚沼市の外れにあるひなびた温泉地・折立温泉。・・1時間の仮眠をとり、早速、奥只見ダムにある秘境のスキー場を訪れたのです。
 そこで知ったのは、日本でも珍しい驚きのながーい隧道、奥只見シルバーラインのことでした。このシルバーラインは、「国内でもトップクラスの貯水量を誇り、水力の発電量でも1,2位を争う」という奥只見ダムを管理するためにだけ造られた開発道路です。
ちなみに、なぜ「シルバー」なのかといえば、この地域は昔から銀山のあった場所だとのことでした。
 開通は昭和32年。総延長は22kmあり、そのうちの18km余りが隧道という極端に闇の中を走っていると感じられる道路です。通常の道路トンネルと違い、岩盤をくり抜いたような所や漏水の垂れている所など、あのチリの坑道を思い起こさせてくれ、様々な出来事を想像させてくれるトンネルです。歩行者も二輪車もバイクもダメという、自動車専用の道路でした。
 想像していただくとうれしいのですが、スキーをするために、宿泊所より車にスキー板を載せて、うす暗いトンネルを走ること20km余り。・・着いた所は、まだ数メートルの雪が積もり、発電施設のケーブルが幾重にも重なる風景のあるゲレンデでした。
水芭蕉が咲いていました。尾瀬にも近いです。








ダムといえば黒部が有名ですが、貯水量では奥只見ダムのほうが多いようです。








スキー場からみた奥只見湖








川にはまだ雪が残っていました。すごいでしょう!








撮影ポイントもたくさんあります。








シルバー世代のスキーヤーです。










動画シリーズ・・木造の家ができるまで・・その1

この春からの大きな木造住宅の建築現場の移り変る情景を動画にまとめてみました。
今回は、建前に至る水盛り遣り方から上棟に至る過程を動画・その1としてまとめてみました。

引き続きその2を編集いたします。ご期待ください。

古材と新材の使い方!

以前にもお伝えしましたが、8か月ぶりにお寺の庫裏が完成いたしました。

お住まいになられる御主人の当初からの思いである「元の庫裡の面影を、新築の家に残す」という思いをかなえるために、玄関や和室の一部に解体した庫裏の部材を再生使用しました。


 ヒノキ材などの古材は、100年~200年の歳月の経たものが最も強度的に強いため、構造的には問題はないと思われましたが、キクイムシ等の害も見受けられましたので、防虫対策も考慮しながら、新材と比べて見劣りしない使用方法を考えました。
 その一例として、液体ガラスの使用があります。先日もお伝えしましたように、人体にも無害で、シロアリ等からの防虫効果もあるということで、墨やベンガラなどの染料を混ぜた液体ガラスを塗り込んで昔からの輝きを復元させてみました。



玄関上がり框の床板も古材で復元してみました。

玄関先の虹梁です。カキ渋の入った液体ガラスで仕上げました。

新材の無垢板も使っていますよ!

こちらはお子さんのプライベートルームといったところでしょうか?

建築営業企画部の2名の若き女性スタッフ!

 中村さん。藤井さん。。。彼女たちが入社して、はや7カ月が過ぎようとしております。   今、彼女たちは当社の貴重な戦力として、今期建築売り上げに重要な働きをしてくれております。
アメリカの美術大学・大学院の建築学科を卒業された中村さんと国立大学の工学部の土木工学科を卒業された藤井さんです。
 彼女たちは、昨年の8月から当社の建築営業企画部のスタッフとして、設計や営業に元気で活躍してくれています。
美大出身の中村さんは、英語がペラペラ、入社当初は長きのアメリカ生活で、日本語よりイングリッシュの方が話しやすかったようです。
入社当初から段ボール紙模型やパースによるプレゼンテーションがお客様からの工事受注におおきく役立っています。
藤井さんは理工系とあって、構造計算や設計が大好きのようです。実家も代々電気技術者の家系らしく、文化系の私とはちょっと頭脳が違うのかもしれませんね。でも、彼女はお話も上手なので、営業的なセンスで大活躍してくれています。
 彼女たちの入社に際し、国からジョブカード制度という若者の雇用促進の援助制度がありました。この、制度の助けも借りて、彼女たちは3ヶ月間、多くの教育訓練を受ける機会に恵まれ、遠くは東京まで木造軸組み工法の構造を勉強したり、エクスプランナーの資格をとったりするなど、充実の教育訓練を受けさせることができました。
 今年の3月末から4月にかけて、当社は例年になく、民間での工事の受注をいただけるようになりました。山本部長の努力もさることながら、この二人の増強が、当社の営業活動に大きく貢献していることは間違いありません。そうそう、同じ時期に入社した設計担当の山尾君も忘れてはいけません。新婚ながら、もうすぐ1児のパパとなります。そして影の立役者の白井設計士の貢献もあってのことなのですが。
今当社は彼女たちの手を借りて輝きを増しています。
この7カ月の教育訓練の写真です。
当初は、少し緊張気味の二人でした。

まずは古民家再生の現場の実測から・・


早くも模型作りでお客様の心をゲット!


木材の勉強もしました。


そして、木造の建方の実習訓練

木だけの勉強ではありません。鉄製品の勉強も!


今回は残念ながら後ろ姿の写真ばかりでしたが、二人とも若々しいシャキッとした大和撫子です。

ラッキーにも晴れ間が続いている再生工事現場です。

先月の29日の建前の神事から、はや8日目を迎えました。大勢の大工さんたちが一日も休みなく建て方を続けて下さっています。
 このままいけば、幸運にもこれだけの大きなお屋敷がほとんど雨に降られることなく、屋根仕舞いまで完了することができるようです。なんとラッキーなのでしょう!
 運の悪い時は、一日で屋根仕舞いまで完了するお宅でも、雨に悩まされて中々屋根を葺くことができない場合もあります。
 こんな大きなお屋敷の場合、多少の雨を覚悟しなければならないことが多いのですが。・・
今回は仕事をしておられる大工さんたちも皆さま機嫌よく仕事を仕上げてくれています。



越屋根や屋根のむくり(起り)も以前の形を再現しています。



越屋根にも破風が付けられました。


ちょっと古材が目立たなくなってしまいました。

大きなお屋敷の建前(上棟式)!

一年がかりで古木の移設や敷地の造成などを行ってきた大きなお屋敷の建前が始まりました。
 昨今は、新築の家であれば棟があがる上棟まで一日で済んでしまうのですが、今回のお宅は、規模も大きく上棟までの日程に4~5日程度考えられましたので、初日に建前の儀式(上棟式)の神事をおこないました。
 この儀式、通常は大工の棟梁の方にお世話になるのですが、今回は大規模な工事でもあり、2社の共同企業体での施工でもありましたので、安全祈願も含めて、地元の宮司さんにお世話になりました。
 久しぶりのまばゆいばかりの光のもと、多くの大工さんたちが見守る中での早朝の神聖な儀式に酔いしれる間もなく、早速クレーンの音や掛け矢の音が響き渡っておりました。
●大工さんも参列しての地元の宮司さんにお世話になった神聖な建前の儀式

●早速、木組みに取りかかります。大勢の経験ある大工さんたちばかりです。

●古材のケヤキに根継ぎをしてきれいに仕上げてあります。




●材が太くて据えるのも大変時間がかかります。

●なにしろこの太さなものですから。。

●掛け声と掛け矢の気持ち良い音が谷間に響き渡っています。


●太い化粧材ばかりの建てこみは組み立ててからクレーンで据え付けるため多くの人数が要ります。


解体した旧宅のケヤキの大黒柱や通し柱が新材の中にひときわ高くそびえています。

●一番高い所におさまる旧宅からの棟木材です。なんとも逞しく凛々しいですね?!

8ヶ月後!見事に甦ったお寺の庫裡!

昨年7月に解体したお寺の庫裏が、約8カ月の歳月をかけて復活いたしました。まだ内部の仕上げが残っておりますが、ようやく足場も取れました。
明日はいよいよ、再生使用した古材=古財の保存を考えた液体ガラスによる塗装仕上げを行います。
実施指導される方は、現在社寺の古材の塗装作業を連日されている方です。今日も神社での作業ののち明朝福知山へおいでになります。

昨年7月に取り壊しが始まりました

明日液体ガラスの塗布を行う虹梁や室内の柱や梁