お盆と暮れの年中行事!ワックスがけ!

家を新築して13年ぐらいになりますが、毎年お盆と暮れに家の床のワックスがけをするようにしています。
普段、忙しくて中々掃除ができないため、「盆と暮れだけは自分たちで綺麗に!」と心がけています。
 自分の家を建ててみて、初めて分かったことがたくさんあります。
新建材はあまり使用しなかったつもりですが、やっぱり次に求めてしまうのは、古い木材の良さや無垢の木の味わい、骨董などになってしまっているような気がしています。
 囲炉裏や薪ストーブもその延長なのでしょうね。一度自分の家をもってみると、自分の目指しているものが何なのかを感じることができるかもしれません。あなたも、自分の家を持つことに挑戦してみませんか。
自慢と誤解されるかもしれませんが、あまり大きな家は必要ないと思います。これも建てて実感していることですが、掃除が大変です。休日の大半は掃除です。年をとったら大変です!





ワックスがけも結構頭を使います。塗っていく順番を考えないと大変です。
たとえばトイレ。ドアの裏側を先に塗って、それから便器の奥側を塗って、順番に奥から
逃げてこないと、足元が大変なことになります。

どうです!きれいに塗れているでしょう。

解体のお話が、改築へ!


当初、施主様とのお話は、解体のお話でした。
現場をお見せいただいて、お話をお聞きしていると、解体後に小さな建物を建て、蔵を残しておきたいご様子でした。遠く離れている地から、帰省のための御屋敷です。
 それならばと、梁や柱の一部を使用したり、現存する建具や家具を残しておかれ、小さな御家を建てることを御提案することにしました。
やがてその計画は本物となり、この夏。お盆の帰省までに何とか実現させてあげることができました。
この新しいおうちで御先祖様もお待ちしていることでしょう。
私たちが調査させていただいた時は、すでに屋根が抜け落ちていましたが、立派な建物でした。

中に残っていた建具や梁を保管して


こんな風に創り変えてみました。

ご家族で帰省の場合、キッチンもそれなりに必要です。

お子様たち用のロフトです。

保管しておいた、梁や大黒柱建具をふんだんに使用しています!





子のケヤキの大黒柱、ほぞ穴を大工経験のある監督が上手にふさいでくれています。

これは解体時の様子です。


こんな形で蔵も残しました。

あるお出会い!


某デパートにて、童話や動物をモチーフにして、無垢の木材を使って時計を作っている方とお出会いさせていただいた。
 お店の名前は、「ギャラリー木兎」さん。「化学塗料等は一切使用せず、素材の色合いを生かしたモノづくりを心掛けています。」とのこと。オーナーの方、クラフト作家の椋棒真人(むくぼうまびと)さんという方なのだが、驚いたことに宮津出身の方だった。天橋立の近くということで、生まれた家のことも伺わせていただいた。
 何点かの作品を購入させていただいたのだが、全て包装していただいて差し上げるので、手元には写真もないのです。せめて、ホームページを紹介させていただくので、そちらをご覧ください。
ギャラリー木兎さん  http://www.geocities.jp/gmokuto/

ちょっと危険な大人の遊び場!


仕事で三重県の桑名市まで行ってきました。知り合いの社長さんのご
自宅に招かれ、裏山の奇妙な工作物にご案内されました。
 それは、なんと孟宗竹の砦でした。小さいとき、よく山に砦を築き遊ん
だものですが、大人版の遊び場というところでしょうか。
この社長様、すべてに遊び心を持っておられエネルギッシュな方です。
 いつまでも少年期の夢をもち続けたいものです。
私も、勅使というところに山を持っています。夢はその頂に露天風呂と
アスレッチックを築くことです。いい刺激になりました。

久しぶりの座禅会!

7月16日(土)から1泊2日の座禅会に参加してまいりました。
座禅会は、すでに30年近くにわたって
開催されており、岐阜の美濃加茂市正眼寺より、山川宗玄老師においでいただいております。
福知山市の大呂にある天寧寺という臨済宗妙心寺派のお寺で、愚中会という座禅の会が田
中禅徹住職を中心に近隣の妙心寺派のお寺の住職様の
ご協力をいただいて、在家の方々を中心に月1回の座禅
会を行っている中での年2階の練成会行事なのです。
私も、この会に参加して25年以上になります。ですから、
私がこの建設の世界に入る以前の公務員時代から続け
ていることになりますね。今回久しぶりに参加いたしました
ので、動画にまとめてみました。
興味のある方は、是非ご参加ください。
唯一私が映っている写真です。
飲んでいるのは、般若湯?です。          

足利将軍家の祈願寺であった天寧寺。福知山市の中でも
もっとも歴史のあるお寺のひとつです。


ご参加ください。

これは、座禅会の衣装です。

こちらは、持鉢ジハツという食器です。

鞆の浦他・広島の旅・・・

この7月の6・7日と建設の業界関係者と広島方面に旅をしてきました。多くの方がゴルフ三昧の中、私たち数名は、尾道市の耕三寺、宿泊場所でもある福山市の鞆の浦一帯、そして呉市の大和ミュージアム・てつのくじら館を見て回りました。


 耕三寺は何度か訪れていますが、実業家金本福松という方が戦前の1936年に建てたといわれる「けばけばしい」印象のお寺で、なぜか浄土真宗のお寺なのですが、あまり興味がわかない観光名所です。今回改めて、興味もなくお寺の中を散策いたしておりましたら、登録有形文化財「潮聲閣」という建物が目に入り、見学させていただきました。
 この建物、私は最後まで木造の建物と理解しておりましたが、後で調べますと、「木造及び鉄筋コンクリート造平屋一部2階建て、瓦葺」と知りました。余り詳しく見学しなかったと反省です。また、この建物が耕三寺建立の原点となった建物と知り、2度びっくり。
この建物は、洋館部分には華麗なステンドグラス、和室は書院造を主とし、数寄屋風な中に、黒柿など多くの銘木をふんだんに使用した数々の部屋、日本庭園など。勉強させていただくものがいっぱいありました。
次に散策したのが、瀬戸内海に面した鞆の浦の町一帯です。この景勝地が、アニメ作家の宮崎駿が「崖の上のポニョ」を創る舞台の原点といわれていることは、知る人ぞ知る有名な場所なのですが、こちらも訪れてまたビックリ。昔から、瀬戸内航路の要所であり、古い街並みと文化の残る素晴らしい観光名所であったようなのです。
この地には、保命酒という独特のお酒を創る酒元が4軒あり、その文化を守る古い建物・蔵が多く残されており、車の入り込めない石畳の路地がたくさんあり、一日中見学しても見あきない街並みが至る所に残されています。
私は、早朝ジョギングをしながら、走り回ったのですが、残念にもカメラを持参するのを忘れてしまい、あとの1時間のガイド付きの観光ツアーでその一部を撮影いたしました。
この鞆の浦は、プライベートでゆっくり訪れてみたい場所のひとつとなりました。
 旅の締めくくりは、呉の大和ミュージアムとてつのくじら館でした。
戦争終結まで海軍工廠のあった呉港に面して建てられた博物館・海事歴史科学館という正式名称の大和ミュージアム。戦艦大和の10分の1のスケールの模型が圧巻!という触れ込みでしたが、私的には、やはり模型は模型だな!という感じの展示物でありました。むしろ戦時中の日本人の科学技術の使われ方とそれを信じて亡くなられた方々の思いがたくさん詰まった館でした。
むしろ圧巻は、隣にある「てつのくじら」でした。正式名称を海上自衛隊呉資料館といいます。こちらは入館料は無料です。屋外に大きなてつのくじらを思わせる、本物の潜水艦が屋外展示されていました。まさか、内部までは見せてもらえないのではと思いきや、全部公開されていましたし、写真もOKでした。戦艦大和の模型の撮影でも結構うるさいことが書かれていましたが、こちらは、かって退役前は国家の秘密であったであろう潜水艦が自由に展示、公開されておりました。こちらは、ジャンボ並みに大きいです。陸揚げ・運搬・設置に大変苦労した様子が記録されていました。どうしても、そういうことに興味がいってしまいます。以上私にとって大変有意義な広島の旅でした。
何故かケバケバしい、西の日光東照宮といわれる耕三寺境内

境内では職人さんが修復をしていました。

耕三寺の原点、母親のために建てた潮聲閣。贅沢なつくりです。

入ってすぐの吹きぬけの構造の様子です。この様子から、コンクリート2階建ての洋館は想像できませんでした。

内部の洋館は、当時としても豪華で贅沢なステンドグラスがいっぱい!



次は豪華な和室の様子です。洋館から廊下を渡ると・・

このような豪華な書院の和室が登場!正面の床柱は黒柿の原木です。
今手に入れると?百万円か?もっとかな?


玄関から入った和室の豪華さ!火灯窓(花頭窓)です。

庭の作りも素晴らしい!


さて次に訪れたのは、福山市の鞆の浦の町です。
思ったほど、崖の上のポニョの話題がないのが不思議です!

この道路の先に港がありますが、今その先に道路を造るかどうかでもめています。


この建物は、坂本竜馬の乗るいろは丸と紀州藩の軍艦が衝突した事件で、当初談判
の場所となった建物。宮崎駿氏のアドバイスで民家再生したそうです。

鞆の浦の町はせまい通りが多い。


この町の文化でもある保命酒の酒元!歴史を感じませんか?
ところで、やたら縄とご幣が目につきますが、この日の夜神社の火祭りがあるとのこと(3大火祭りとのことです)


こちらは、いろは丸事件の頃、多くの刺客からねらわれていた坂本竜馬が
一人隠れて宿泊していた宿の跡です。屋根裏部分の部屋に寝泊りしていたようです。


最後に訪れたのが呉の町!大和ミュージアムですが、外の写真しかありません。


てつのくじら館のほうが印象的でした。大きいですね!

内部にも入れます。


模型ではなく、本物の潜水艦でした!

ちょこっと自慢!

7月1日に発行されたJMRAの季刊誌「民家」の表紙に、私が撮影した写真を採用して
いただきました。
今年の3月に編集者である南風舎の平野様より、「古民家の写真があると思いますの
で表紙に使用したい」旨のお話をいただきました。
これまで手あたり次第撮っていた写真データを集め、何箇所か撮影した場所の写真デ
ータを送りました。やはり、「美山町の写真がいだろうな」と思っていましたら、やはりこ
ちらの写真が採用されました。
私は、カメラ技術も何の知識もありません。
カメラは動画も撮れる普通のコンパクトなものでしたし、写真技術を教えてもらったこと
もないズブの素人写真です。でもこんな風に採用されると何かうれしいもんですね!


http://www.minka.or.jp/minka/index.html
こちらが私の撮影した元の写真です。

ちなみに、その時北村で撮った前後の写真映像をご紹介しますね。





実は、最後のこの写真だけは気に入っていまして、田んぼに水がはられた一瞬の
時期の撮影でした。

看板のリフレッシュ!創業50周年!

この6月の季節はずれの台風によって、当社の古民家再生の立て看板が倒れてしまい、ドライバーの多くの方々から「看板こけとるでー」「なおさんのかー」という電話やメールをたくさんいただきました。

建設業でもあるのにもかかわらず、中々修理しない当社のイメージダウンを心配してくださった多くの方々に感謝をこめて新しいイメージの看板にいたしました。
実は、この看板デザインのメインでありました古民家の家主様が決まり、次の新しい看板の製作を考えていた矢先の台風被害だったのです。

今回は、当社の取り組みイメージを強調するとともに、創業50周年をむかえた当社が、さらに
地元で仕事をさせていただく心意気をアピールさせていただきました。

続。梅雨の合間の建前2軒!

梅雨に入ってこの6月に3軒の建前を行いましたが、ラッキーなことに1軒も大きな雨にたたられていません。昨日と本日の建前とも、雨に降られないうちにルーフィングまでの処理を行うことができ、梅雨のこの時期としてはうれしい上棟となりました。
2軒の建前とも、街中からは離れた場所にあるのですが、1軒のお宅は、兵庫県の豊岡市の日高町。郡部まで全てが都市計画地域となってしまい、里道とおもわれる田舎道に2項道路の適用扱いなど、確認申請の手続きに設計者が苦労しておりました。もう1軒のお宅も、車庫なのですが、市街化調整区域や急傾斜等の規制区域のため、こちらも手続きに手間取り、担当者の苦労もさることながら、施主様にも大変辛抱していただきました。
最近は、街中であろうと田舎の1軒屋であろうと、建築確認申請の困難さを痛感いたしております。ただ、お役所仕事は、住民のためというより、自分たちの職の安全だけをかばう為の手続きのように思えるのは、私だけなのでしょうか?かくいう私も14年間余り公務員であったのですがね・・
その苦労が報われるかのような2軒のお宅ですが、梅雨ではありますが、雨にもたたられず無事屋根仕舞までできたことに感謝いたしております。合掌!
こちらは豊岡市の故郷のお宅を改築されたお客様のお宅です。

当社は解体をお願いされていたのですが、古材=古財の一部を保管して改築に使用することをご提案!
施主様は快く当社のご提案をご了承していただき、お子様たちと故郷で過ごすお宅の建築決意されたのです。


廃材となる運命だったこの古材=古財たちは見事よみがえりました。




贅沢な平屋です。昔の面影のある小さな越屋根も付いています。

もう一つのお宅は、大きな車庫なのですが、確認申請に手間取り、大変お客様にはご辛抱いただきました。申し訳ありません。やっとのこと建前ができました。

梅雨の合間の建前!?


先週、当社が販売していました宅地に、買主様が新築住宅を計画され、無事念願の上棟式を挙行することができました。
今回の住宅を計画された御夫婦は、私の子供たちと同じ30前後の世代の方たち。新築に携わった世代も30代。現場を管理する監督も、自らも新築を計画している30代です。
当社は、「mukuru夢来」という若い世代の注文住宅にも挑戦し、オリジナルの住宅を希望されている方の夢をかなえることを何よりの喜びにしています。
今回の住宅も、今までの構造材とちょっと違っています。構造材はすべて国産材、土台にはヒノキを使用していますが、多くは宮崎県のオビ赤杉を使用してみました。
杉には、脳と自律神経に作用して鎮静リラックス効果があるようです。「奇跡の杉」でも有名になった特殊乾燥技術をもつ愛工房さんの杉でつくった化学物質過敏症対策のベットやセラピー効果のある部屋などは有名になりましたね。
今回当社は、神戸の「木童こどう」さんという木材会社を通じて構造材を仕入れています。
震災の影響のある新建材や設備機器が、今回ほとんど使われる予定がなかったため、ほぼ順調に建前をむかえることができました。大雨の予想された金曜日でしたが、当日は晴れ間となり、上棟をむかえる日としては申し分ない一日でした。
お天道様とお施主様に感謝!感謝!
大雨が予想された金曜日!朝礼と施主様のごあいさつの後いよいよ作業開始です!


大勢のギャラリーに見守られた建前です。大工さんも午前中は緊張していました。

午前中は大分捗(はかど)っていました。

今回構造材に丸い穴・ホゾが見えますが、これは込栓(コミセン)という仕口や継手などを固定する堅木の栓を埋め込む穴なのです。

おかげさまの天気で、午後には棟上げができました。



屋根仕舞いは杉の合板を貼り、その上にビルボードという防音と遮熱のための材料を貼ります。
屋根はGL鋼板葺きにしました。もちろん、屋根裏には断熱のためのセルロースファイバーを乾式吹き込み工法というデコス社の工法で吹き付けます。

建前には上等?の日でありました。

田舎の空き家や古民家を調査して感じること。

田舎の昔のままの住宅の調査をしてみて、いつも感じることがあります。それは、家の周りの排水機能が極めて不十分な住宅が多いということです。土地が広い分、昔から排水は垂れ流し、末端で自然浸透か土掘りの水路ぐらいのところが多かったのでしょう。
昔は、どこの住宅もそうだったのですが、家の改築や造成計画、また浄化槽や下水道の普及・道路や河川改修による排水路の整備などによって、多くの住宅地は排水処理の問題をクリアしてきました。
 ところが、大きな敷地のまま保存され、残されてきた古民家は、水周りもあまり手を加えられることなく、排水施設もそのまま残されてきた場合が多いのです。
結果、冬の住宅の北側は春まで積雪が残り寒く、梅雨の間はジメジメとぬかるんだ状態がみられ、住人にとって最も憂鬱な状態であったといえます。建物自体もほとんどが北側となる家の裏側の構造体が最も傷んでいるのが実態であります。
また住人の方々から聞かれる最も多い言葉は「湿気をなんとかしてほしい!」です。
そして、この大きな要因が家の周りの排水計画ができていないことが一番なのです。
ところが、みなさん家の間取りや近代的なキッチン、システムキッチンなどに費用が集中してしまい、中々外周りの排水まで費用を考えておられません。
当社の建築の設計者にしても、家内部のディテール(詳細)は提案するのですが、中々外周りの終末処理まで、緻密な見積もり提案ができていないというのが現実です。
 結局のところ予算も関係してくるために、外周りの排水計画にどうしてもお金をかけられないというのが実態のようです。
当社の場合、その少ない予算の中で、建築担当者から常に最後の仕舞いの仕事を依頼されるのが、土木部の専務です。「そんな予算でできるわけないやんけ!」となるわけですが、「土木の岸下」という手前、手を抜くわけにはいきません。かくて、土木部の仕事は赤字状態ということになってしまっているわけです。
当社では、古民家再生の場合にほとんどの場合、床下までめくり、コンクリートを打設し、床下の湿気等を極力抑える工事からおこないますが、予算がない場合もあります。そんな場合の解決策は、とりあえず、家裏の排水処理を解決し、床下をめくり、(当社の炭焼き小屋でできた)竹炭をシート上に大量に敷き込み、湿気やムカデ等に対する対応を考えることにしています。
今後は、設計当初の段階から、外周りの排水費用も十分見ていただくことが快適な住まいづくりになることを強調していきたいと考えています。
家の裏がこんな状況のお宅が多いです!

排水が見えませんね!

こちらのお宅は改修途中なのですが、月日がかかるため、裏の湿気の要因を取り除くことにしました。


上のような状態を、とりあえず改修まで年月が空くため、湿気の要因を取り除きました。

幸せと繁盛を招くもの?!

当社の経営理念の文言の中に「…福をもたらす会社を目指す」とあります。

そんな大それたこと言う会社の代表である私が、ちょっとだけ期待していることがあります。
最近、こんな出来事に小さな「幸せ・繁盛」を求めてしまいます。もう一つ、宝くじにも・・・
では、動画をご覧ください。

「日本伝統木造の心」きんき民家塾への参加!


日本民家再生協会(JMRA)の関西の関係者により開催されております「きんき民家塾」が10周年を迎えるにあたり、特別講座として法隆寺の大野玄妙管長と奈良大学の西山要一教授を講師とした講演会を開催しました。



 場所は、大阪中央区船場の綿業会館。JMRAの関係者行事らしく、ルネサンス風建物で1931年に完成し、現在国の重要文化財に指定されている建物の大講堂でした。
 当社からも私を含め3人が、この特別講座に参加してまいりました。
第一部では、法隆寺管長の大野玄妙氏による「日本伝統木造の心」と題する講演。
 法隆寺は、ご存知のように1300年ほど前に聖徳太子によって建てられた日本の最古の建造物を持つお寺です。聖徳宗総本山といい、末寺を持たないお寺のようで、古いお寺がある奈良では珍しくないようです。
大野管長が129世住職ということです。
さて講座では、仏教の伝来が、日本建築の歴史に大きく関係のあること。仏教文化を取り入れ、「和ヲモッテ貴シトス」と説いた聖徳太子が、法隆寺をはじめとする寺や神社の建立を通じて、大陸からの模倣に始まった木造建築をはじめとする文化を、我が国独自の「和の精神」としてつくりあげていったこと。建物やモノづくりの信仰を通じて、のちに城郭建築や民家の発展にも大きくかかわっていったこと。
 聖徳太子が望まれた「和の精神」、平和な社会形成のための文化遺産を守り継ぐことの大切さを語っていただきました。

 第2部は、奈良大学の西山要一教授との対談でした。西山教授は、文化財の科学的保存処理に力を注いでおられるお方です。私が、埼玉にいるころに話題となりました稲荷山古墳出土の鉄剣から115文字の金象文を発見・保存するなどされており、奈良の文化財の大気環境‐大気汚染観測を25年近く続けておられるようです。
 そのお話の中で、印象に残り知ったこと。
① 正倉院の宝物を守ってきた環境。温度20%、湿度60%の環境であるということ。
② 近代において、日本の文化財保護を最初に訴えたのは岡倉天心であったということ。
③ 日本の保存科学の始まり・・法隆寺金堂壁画の保存であったこと。
④ この保存で今では一般的になっている合成樹脂を使った方法が初めて使われたこと。
⑤ 東大寺の大仏さんの「お身拭い」は大仏さんをさびから守る大事な行事であったこと。
⑥ 大気汚染による文化財への影響が大きいが、春日山などの自然環境が大気汚染防止に大いに影響し、自動車等の排気汚染の減少が文化財に大いに役立つこと。
そのほかに、今の国の文化財行政へのお役人の対応が、先の原子力事故での国の対応と同じく、建物の修復など中々「お役人が判断してくれない」、解釈がマチマチで不条理がある、工事費用はお寺も半分負担するにもかかわらず、役所都合の工事となっているなど、普段聴けない
お話も伺うことができました。
あいさつに起つJMRAの重鎮、小原塾長です。

この特別講座には70名の方が参加されましたが、
大野管長、西山教授、綿業会館大講堂という豪華さが、この人数ではもったいない感じがしました。

台風の見学会と薪ストーブ

今回もまた当社の見学会は荒れ模様の見学会となりました。冬の見学会は、大雪の中でした。
見学会の後半に古民家のお宅に薪ストーブがつきました。台風の雨の中でも見学に来てくださるお客様に感謝です。



今回施主様が設置されたのは、英国製のESSEエッセという薪ストーブです。

広葉樹に限らず針葉樹でもどんな木切れでも燃やすことができます。


台風にもかかわらずご見学くださいましたお客様ありがとうございました。
このESSE社。薪ストーブのオレンジの炎と同じような炎をだす、ガスストーブを作っています。
今回はじめて日本で発売です。見学会は、明日5月30日(月)までやってます。よろしく!

中学生の職場体験!+余談・・ 親父たちの禁煙談義!

25日から本日までの3日間、地元の中学校の生徒を受け入れて職場体験をしていただきました。例年3~4名の生徒を受け入れておりますが、今回は初めて2名の女子生徒を受け入れてみました。

 
担当も昨年入社した建築営業企画の女性社員の二人ということで、当初からデスク
ワーク中心の内容になっていたようです。家のデザインや設計を考え、紙模型で家を
完成させるという実習となりました。その他に、古民家再生中の現場や見学会の場所
などを見て回っておりました。
 本日は、朝から当社の竹炭を作っている窯でのお手伝いです。
ちょうど、竹炭ができ、窯から取り出す作業の日です。
朝一番に、私が竹炭の効用等を説明した後、いよいよ現場に出向き、炭を作っている
源次郎さんと英二さんに窯の説明をうけ、いよいよ取り出し作業です。







二人とも、真っ黒になりながら楽しんで作業をしていました。
当社の女性社員たちも結構楽しんでいたようです。・・・・
・…ところで、中学生の実習とは全く関係のない、今回おまけの動画を載せてみます。
団塊の世代の飲み仲間たちが語る楽しげな「禁煙談義」風景です。
興味ある方だけ見てください。結構ばかばかしいのですが、陽気なたのしさが伝わってきますよ。

NPO日本民家再生協会(JMRA)の総会に出席!

当社の民家再生のイベントが開催されている最中なのに、東京の飯田橋での日本民家再生協会の通常総会に参加させていただきました。
 
事業者の会には何度か参加させていただいているのですが、正会員として総会に参加さ
せていただいたのは初めてでした。
年々減少する会員と厳しい財政事情を反映して、現執行部に対する手厳しい質問意見が飛び交い、会場使用時間ぎりぎりまで討議が続く熱く燃え上がった総会でした。ただし、総会が終了した宴席では、全国から来られた仲間との交流が行われ、和やかな酒宴となりました。
 今回、メインの講演となりましたのは、宮城県石巻市で地震と津波の被害にあわれ、自らの事務所兼自宅を失い、現在復興に向けて地域で精力的な活動を続けておられる登録事業者でもあるササキ設計の佐々木文彦氏の報告でした。

 
津波の瞬間を映像で説明。流される橋の様子。

佐々木さんの素敵だった自宅兼事務所の様子です。木造部分がすべて流されたようです。

この学校もすべて津波に襲われたようですが、幸いこの校舎の生徒たちは山に逃げて無事だっとか・・・



当会の仲間は、被災し、すべてを失くした佐々木さんにノートパソコンや高圧洗浄機などのカンパ資金を募り、被災した方々の義捐金を集めるなどの支援を行っています。
今回、久しぶりに生まれ故郷の関東に行きましたが、予想していたほど東京の夜は暗くありませんでした。確かに電車の冷房は弱めでしたが・・
千葉の弟のマンションに泊ったのですが、早速、翌朝久しぶりに震度4の地震を体験いた
しました。関東にいた頃は慣れていたのですが、関西ではめったに体験しませんからね。

見学会の準備!

この週末から2週にわたって、綾部での古民家再生見学会を実施することになり、最後の準備が進められていました。
土木部は、外構の砕石敷きのお手伝いに一日来てくれていました。準備会前ですが、軒先には様々なビニールテープがたなびいていました。何でしょうね?

ご家族の方が昔育った家とのことです。
そういえば、ツバメも自ら生まれた場所に戻ってきて巣を作りますね。
余談ですが、今年も私の家のライトの上に巣を作っています。

余談でした!

青空がきれいで、屋根の妻側、破風や縣魚部分も美しく見えますね。

見学会に向けて汗だくだくで、準備をしてくれていました。

例の煤竹がここで使われていますね。

このホームページにもきれいな写真が掲載されると思いますが、私のは素人写真です。
アングルがいまいちかもしれませんので、是非見学会で実物をご覧になってください。


そうでした。実は私は、今週の土・日は東京のJMRA日本民家再生協会の総会に出席のため、今週の見学会には参加できませんが、28,29,30日と参加の予定です。是非おいでください。

古民家再生完成見学会と創業50周年!

古民家再生の見学会も何度も行っているわけですが、今回は綾部で初めて開催いたしま
す。
綾部でも古民家再生は何軒か工事をさせていただいていますが、今回は施主様がまだお
住まいになられていないという好都合な条件も重なりまして、施主様に甘えさせていただ
いた次第です。
今週の金・土・日と28・29・30日と6日間の開催となります。


今回のチラシにはこんな文面を載せています。

さらに拡大すると

そうなんです。当社は、今年の3月22日で創業丸50年をむかえました。
先代が福知山市の上川口で土木工事業を始めたのが、昭和36年の3月22日でした。
その後、昭和50年に法人化され岸下建設株式会社となりました。
私が社長になったのが平成3年ですから、もう20年がたってしまったんですね。
古材や古民家に比べますと、まだまだ歳月が少ないですが・・・
創業50周年の取り組みを考えております。お楽しみに!

有意義な一日。大活躍のテント!

5月7日土曜日。は、有意義な一日となりました。まず朝の9時から、当社が販売しておりました堀の五位坂の分譲地にてT様ご夫婦待望の新築住宅の地鎮祭を挙行させていただきました。
 一宮神社の宮司様により、晴天の日差しの下、厳かに執り行われました。私の知り合いでもあるAさんがお隣ということもあり、朝早くから草刈りや地鎮祭の準備にご協力をいただきました。
T様の御両親様達とも、すぐに親しくなっていただき、新築場所も満足していただいたご様子でした。
この日は午後から、偶然にも新築される御夫婦と同姓であります同じくT様の家の新居が完成し、重い家具等の移動をするということで、建築部、営業企画部のほぼ全員で御引越しの手伝いをさせていただきました。こちらは、数百キロもある金庫の移動を8人の人力作業によっての移動です。あーでもない、こーでもない、と言いながら、無事移動は終了いたしました。
さて、夕方からは、この春、入社されましたお二人の社員の歓迎会です。
私の家の前で、バーベキューパーティということで一足先に帰って準備に取り掛かりました。あいにく、空模様があやしくなり、ぽつぽつとにわか雨が降り出します。早速、午前中に地鎮祭で使用しましたテントが活躍します。
社員が勢ぞろいしたころには、雨も上がり、楽しいバーベキューパーティになっておりました。入社されたお二人の社員もすでにとけこみ、大活躍してくれると期待しています。
とても有意義で、とても疲れた一日でした。満足!満足!
一宮神社の宮司様により厳かに地鎮祭は行われました。日差しよけにテントも活躍中!


一方夜を迎えた私の家の前には、地鎮祭で使用されたテントが・・・

バーベキューの焼き肉のにおいがたちこめています!

久しぶりの土木部、建築部、建築営業企画部が勢ぞろいしました。


新入社員の方も歓談しています。

いつの間にか、肉を焼く係は決まっていました。


専務と島野君は何やらタケノコの処理をしています。

本日、引っ越し作業のT様宅の竹林からタケノコを掘ってきたのは、藤井さん。

都会育ちの二人も、タケノコの焼き加減に満足の様子!

こちらの新入社員もわきあいあい!

楽しい夕げとなりました!

いまだに雪深い奥只見!国内水力発電の拠点を訪ねて!

驚きのトンネル?!奥只見シルバーライン!5月の3~5日にかけて、不謹慎とは感じつつも福島と新潟の県境にある奥只見ダムまで行ってきました。いまだに数メートルの雪が残る奥只見は、関東に住んでいるころからなぜか一度は訪れたいと思っていた場所でした。 2日の晩11時過ぎより、いつものスキーメンバー老人部隊(70過ぎのお医者ご夫妻さま、60過ぎた御住職ご夫妻さま、今年退職した元市役所部長さま、そして58歳の若い私)が2台の乗用車にて、7時間かけて一路、新潟県魚沼市を目指しました。
到着地は、新潟県北部の魚沼市の外れにあるひなびた温泉地・折立温泉。・・1時間の仮眠をとり、早速、奥只見ダムにある秘境のスキー場を訪れたのです。
 そこで知ったのは、日本でも珍しい驚きのながーい隧道、奥只見シルバーラインのことでした。このシルバーラインは、「国内でもトップクラスの貯水量を誇り、水力の発電量でも1,2位を争う」という奥只見ダムを管理するためにだけ造られた開発道路です。
ちなみに、なぜ「シルバー」なのかといえば、この地域は昔から銀山のあった場所だとのことでした。
 開通は昭和32年。総延長は22kmあり、そのうちの18km余りが隧道という極端に闇の中を走っていると感じられる道路です。通常の道路トンネルと違い、岩盤をくり抜いたような所や漏水の垂れている所など、あのチリの坑道を思い起こさせてくれ、様々な出来事を想像させてくれるトンネルです。歩行者も二輪車もバイクもダメという、自動車専用の道路でした。
 想像していただくとうれしいのですが、スキーをするために、宿泊所より車にスキー板を載せて、うす暗いトンネルを走ること20km余り。・・着いた所は、まだ数メートルの雪が積もり、発電施設のケーブルが幾重にも重なる風景のあるゲレンデでした。
水芭蕉が咲いていました。尾瀬にも近いです。








ダムといえば黒部が有名ですが、貯水量では奥只見ダムのほうが多いようです。








スキー場からみた奥只見湖








川にはまだ雪が残っていました。すごいでしょう!








撮影ポイントもたくさんあります。








シルバー世代のスキーヤーです。