社員旅行!よかった四国村!








道後温泉の歴史を勉強し、坊ちゃん湯を出発。訪れたのが「四国民族博物館」別名四国村。何度も四国を訪れているが、こんなところがあるとは知りませんでした。反省。
うどんを食べるだけの名所かと思いきや、四国の民家を集め、周辺の環境を巧みに取り入れたユニークな屋外博物館でした。
まず訪れたうどんやさん「わらや」は満員の大行列ができるほどの大賑わいです。
 早速食事の後、四国村へ。珍しい「かずら橋」を渡っての入村です。当社員の企画とはいえ、古民家の見学とは。。GOOD!でしたね。木の使い、土の使い、石の使い、火の使い。どれを見ても素晴らしい日本民家の巧みを見せていただきました。残念ながら、時間がなく、ゆっくり見ることができませんでしたが、半日はゆっくり堪能できると思いますよ。一度訪れてみてください.



 

ほーんと久しぶり!道後温泉1泊社員旅行です。




世の中が不況の中、毎月一生懸命ためた旅行貯金で、若いメンバーが社員研修旅行を企画しました。残念ながら、運動会時期で4名のメンバーは参加することができませんでしたが、16名の社員がバスで道後温泉を目指しました。
今回は、職場改善委員会の若いメンバーが、定年退職された水谷さんの送別会もかねて楽しい祝宴を開いてくれました。

通常みられるような、コンパニオンさんがいるような宴会ではありませんが、楽しいチームごとに分かれてのクイズや利きビールコンテストなど様々なゲームがあり、宴会時間を過ぎても大いに盛り上がりました。












今彼ら若者たち
は街に繰り出しています!

解体建物を利用して応急危険度判定実施訓練!


昭和29年から38年にかけて建てられ福知山市営の南天田団地の木造建物の解体が始まりました。当社が福知山市より請け負ったものです。解体する建物の数は集会所などを含め26棟。一つの集落が消えてしまうのです。
今回、この解体する木造建物を利用して、京都府から地震被災建築物応急判定の実施訓練を実施したい旨の要望があり、実施訓練となったものです。
一般にも呼び掛けられ(といっても建築関係の方々ばかりですが・・)、実施訓練が9月12日に、市の防災センターに集まって解体現場に向かったのです。当社からも、山尾、村岡の両君が参加し、実施訓練に汗を流していました。


集会所も解体されます。すでに解体は始まっています。



判定訓練には3棟が使われます。重機で傾かせたものもあります。


いよいよ判定訓練開始です。



当社の村岡、山尾両君も訓練に参加しています。


はたして判定は?


 

福の神!仙臺四郎(せんだいしろう)・・笑門来福!

仙台を訪れたもう一つの目的がありました。それは、福の神「仙臺四郎」がお祀りされているという三瀧山不動院というお寺にお参りし、「仙臺四郎」グッズを購入してくること。

仙台市内の商店街の一角に三瀧山不動院はありました。案内してもらわなければ、まったく気が付かない場所です。
仙台市内の多くのお店に飾ってある置物や色紙になった仙臺四郎さんとは?こんなことが書かれていました。「時は明治。此れは、生まれながらにして福の神となった仙臺四郎なり。彼の通りたる小路、花が咲き、彼の行たる商店繁盛す。彼の入場せる興業、座一つとして空くことなし。ほんに仙臺名物 福の神なり」と。
彼は、江戸末期から明治にかけて仙台に実在した人物だそうです。彼は、言葉はほとんど話せず「四郎馬鹿(シロバカ)」と呼ばれ、街を徘徊していたそうですが、彼が立ち寄る店は必ず繁盛し、彼が抱く子供は丈夫に育つということから、当時から大変な人気となり伝説となったようです。今でも仙台の福の神として愛され、彼の姿を過程で飾ると霊験があらたかになるという信仰になっているようです。
そんな四郎さんがいます三瀧不動院へ福知山東ライオンズの面々は、真剣にお参りし、たくさんのグッズを仕入れてきたのでした。
静かだった不動院門前の店内が、福知山東ライオンズのお客で、突然大賑わい!何十枚もあった四郎さんの色紙が瞬く間に完売!慌てふためくグッズを販売しているおばさんです。

商店街のよく見なければ通り過ぎてしまうような場所にありました


すべて四郎グッズです。

みなさんも一つ飾ってみてください。

震災後初めての東北!仙台紀行・・・

3・11の東日本大震災から1年半。私が会長を務めさせていただいています福知山東ライオンズクラブ19名は、震災後の東北を初めて訪れました。今年復興支援チャリティー絵画展で1700万円近くを売り上げた収益を、福知山市を通じて東北へ義援金として贈ったことを契機に、「やはり今の東北を見るべし!」の思いから仙台五城ライオンズクラブさんを通じて現地の子供たちへも義援金を持っていく取り組みとして実現いたしました。
一日目は、仙台空港を皮切りに、石巻までの沿岸の津波による被害現場を視察してまいりました。仙台の都市部付近の瓦礫はだいぶなくなったというものの都市部を離れるにつれ、被害のつめ跡はまだまだ残っていました。被害の甚大さに言葉もない私達でしたが、訪れたことへの後悔はありませんでした。
石巻市の津波によって流失した油によって焼失した門脇小学校、廃墟となった住宅地、いまだに架線が垂れ下がり線路が砂に埋もれ閉鎖された駅、そんな中で、現地の皆様一人一人が被災の「かたりべ」となって体験談を語ってくれました。
 今月からバスガイドに復帰したというガイドさんの淡々と語る被災の日の体験談。被災後勤務するバス会社がなくなり、船上でのアルバイトでの海苔の販売、やっと1年半かかってやりたかったバスガイドへの復帰など。そこには、体験したものでなければわからない多くの「かたり」がありました。ぜひこの機会に多くの人が東北を訪れていただき、お金を使うことも含め、今後のわたくしたちの生き方、あり方を考えてみるのもよいのではないでしょうか。
仙台空港に到着!


少なくなったとはいえ、がれきは残っています
1日目の現地を案内してくださった
仙台五城ライオンズクラブの会長さんです。この方は三陸町出身の方で被災した三陸町役場庁舎の設計をした方でもあります。町長とも同級生だとか。


まだまだそのままの状態の建物が至る所に残っています。



現地を一望できる慰霊の高台を訪れました。頂上付近まで水が来たのだとか



被災し
んが「かたりべ」です。この方はバスの運転手さんです。
 
石巻の焼失した門脇小学校




学校の周りの住宅街には今も生活の跡が・・・

廃校となった学校はたくさんありました

こちらは未だに復旧の見込み
のない仙石線





多くの観光客も訪れてくれています。
松島の瑞巌寺。こちらは被害がすくなかっというものの津波は到達していました


復活!塩釜の蒲鉾工場


津波は青い壁のところまで来たのだという。

バスの中で被災経験を淡々と語ってくれた
彼女たちの生活のためにも皆さん東北へ行きま
しょう!

 

様々な思い出が・・再生そして新築・・

    それぞれの家族の思い出をもつ家。再生しながら家を残していくお手伝いは、現場担当者にとって苦労は多いのですが、仕事が完成した時の充実感も大きいものです。
もちろん新築の家を完成した時の喜びはそれ以上であるわけですが・・
ただひとつ、「残念だなあ!」と思うことがあります。それは、これまで住んでおられた古民家を解体しなければならない時です。
 今まで多くの家を解体してきましたが、昔の匠の技と素材を消してしまうもったいなさを感じることがよくあります。
 この夏、廃村になった集落の片隅にある御宅を再生していますが、それとは反対に2軒の立派な古民家を解体しなければならないことになりました。
一軒は、無住となって10年以上となった大きな古民家です。1年間、古民家住宅として売りに出していたのですが、屋根の傷み具合がひどく、再生にも建物が大きため千万円単位の再生費用が予測されるため、止むなく解体の道筋を選択していただきました。
 また、もう一軒は、私が昔から注目していました藁葺き2階建ての住宅です。建ってからの年数は70年程度と比較的茅葺きの民家としては新しいモノでした。ですから、2階建てになっているのですが・・・こちらは、比較的あたしらしい住宅のため、もともと1階2階は天井で仕切られており、囲炉裏等の煙を燻して屋根裏を燻蒸する機能がなかったため、茅葺き屋根も傷みやすいようで、葺替えに数百万円単位の費用が予測されるため、やむなく建て替えとなったわけです。このように、持ち主様も解体を望んだわけではないのですが、やむなく解体ということが時折あります。残念なことですが・・・
冒頭の写真は今から40数年前の大江町仏性寺の風景です。右端に僅かに切り妻の屋根の端だけが写っていますが、その建物が再生中の建物です。



施主様から当時の写真を見せていただきました。また、当時の丈のストックをいただきました。今度スキー場で使用してみようと思っています。


このストック非常に丁寧に作ってあります。もちろん手作りのようです。



こちらもただいま再生中のお宅です。大きな屋根が立派です。屋根も只今塗り替え中です。
 
 

 
 

このお宅は残念ながら新しい家を建てたあとに解体しなければなりません。

現在当社の土木部の社員が進入路のブロック積みの擁壁をしています。


こちらは、残念ながら母屋は解体して本日は地鎮祭です。でも離れは改造して残しています。地鎮祭の準備をしているのは、大工経験もある監督の武田さん。



このお宅は、一年間ほど当社で売却不動産として、田舎ねっと日本はじめ様々な方法で売却を試みましたが、残念ながら痛みが激しく解体しなければなりません。非常に残念です。

 

今年も地蔵盆を楽しみました!

 
この夏の立原の地蔵祭りは8月25日の土曜日でした。今年は、雨が少なく、暑い暑い地蔵盆になりました。
 今年は、どこも忙しいらしく出店や屋台が少なく寂しい立原のメインストリートでしたが、岸下建設の社屋の前だけは、沖縄音楽の三線・太鼓・ギターの音色で大賑わい。もちろん、生ビール飲み放題とホルモン鍋の無料サービスは毎年のこと。
 三線グループの「てぃんがーら」(あまのがわ)は、立原区からもご招待を受け、急遽公会堂前のステージでの演奏をお願いされていました。
 また一つ、暑―い夏の行事が済みました。みなさん、来年もおいでください。

三線バンド「てぃんがーら」


花火大会のあとは、公会堂前の舞台に登場!

 

そば三昧・・・


 
この夏、そば職人となり嫁さんをもらったMくんがやってきた。とても立派になっていた。嫁さんをもらうとこんなに違うのか改めて驚いた。
 その彼が、隣町の兵庫県丹波市の市島町でお蕎麦屋の職人さんをやっているというので行ってみることにした。
最近ではマスコミにも知られ結構有名なお蕎麦屋さんだった。実は、このお蕎麦屋さんというか、この古民家のお店はなぜか私の頭の映像には過去にインプットされていた建物だった。看板も目立つように出していないのだが、「お蕎麦屋さん」という印象だけがあった。だからすぐにここだとわかった。
そのお蕎麦屋さんの名は「そばんち」!
予約制のお蕎麦屋さんだ。前日からM君に予約しておいた。
お店を訪れると、休日ということもあり、あとからあとから車が入ってくる。しかし、予約をしていないのか、残念そうに帰っていくお客が多いこと。店の中は、そんなに混んでいないのだが・・・
M君に尋ねると、蕎麦が予約の人の分しかないのだとか。もったいない話だが、食べさせていただくお客にとっては、混雑もなくのんびり出来てありがたい話だ。
 今回は「そば三昧」というコースのお蕎麦を頂いた。おいしくて途中写真を撮るのを忘れていた。全部ではないが、ご紹介しよう。あとは、「そばんち」のホームページで見てほしい。
 

このお蕎麦は辛大根とわさびが載っていた。スダチをかけると辛大根の色が変わり綺麗なピンクとなった。
 
 
 





お店の2階はギャラリーになっており、地元在住の作家さんたちの作品が展示されている。


 
 
 
 
 
これはちょっとおまけの話だが・・・後日Mくんのお嫁さんのケーキをご馳走になった。
パティシエをしていたという。とても美味しかった。

 

一度離れた40数年前の我が家が今再び!・・・


 
今回の再生の御宅は、実に環境の良い場所にありました。ご主人が来社され、家の解体の相談にこられたのでした。そのお宅は既に40数年前に離村された大江山の奥の方にある集落の一角にありました。
 解体したあとで、山の伐採や山歩きを楽しむための簡単な宿泊施設をお考えのようでした。




 私は、40数年残された住宅を拝見し、一度調査させていただくことをお願いし、どうにか再生したいと申し上げたのでした。
 
 
そのきっかけは二つありました。ひとつは、蔵の中から幼い少女たちが使っていた竹製のスキーストックと木製のスキー板が綺麗な状態ででてきたのと、2階の和室の壁や天井、梁などが綺麗な状態で残っていたからです。





 蔵は残念ながら、壊すことになりましたが、住宅の方は、一部が大変なことになっていましたが、なんとか職人さんたちの努力で再生することが可能となりました。








 大江山に登る麓の集落で仏性時の一番奥にあるとても素敵な場所です。夏は、信州のリゾート地に負けない環境になっています。一度出かけてみま
せんか?
 













 

なんとかお盆に間に合いました!露天の五右衛門風呂!

 
ブログも書かずに、一生懸命露天風呂造りをしていました。なんとか格好だけはお盆休みに間に合いました。
2年半前に、酒蔵元の解体現場から頂いてきましたホーロー製の酒樽を利用して、勅使の古民家再生の隠れ家に、露天の五右衛門風呂と和風のウッドデッキを造っています。
 ウッドデッキもなんとか完成。五右衛門風呂も火入れを済ませるだけとなりました。まだ、全ては完成していないのですが、早速若者たちが、井戸水を使用した水風呂で奇声を上げています。

完成までの経過は後日報告いたします。まずは、途中報告です。
この夏も勅使の古民家は若者で大賑わい!

外は雨のため、やむなく囲炉裏でバーベキューです。

やがて宴も盛り上がり注目は外の五右衛門風呂!

冷たい井戸水にもかかわらず

水風呂でみんなさっぱりしました。

冷たい井戸水を五右衛門風呂で沸かせば、立派な温泉風呂です。ゲス板(五右衛門風呂の底に敷く板の事)も総檜で作りました。

こんな暮らしにも憧れるのですが・・・

 
この写真は7~8年前の風景です。のどかな田園地帯に立つ2階建ての茅葺き住宅です。私も何度か写真を撮っていたのですが。
二年前から屋根が痛み始め、とうとう昨年もブルーシートで雪を凌いだのですが、新しい母家を建て替えるために今年いっぱいで姿を消すことになりました。珍しい二階建ての茅葺き住宅です。

築年数的には、70年余りの建物なので、既に2階も天井が貼られており、囲炉裏等で燻されておりません。このため、内部からの燻の効果もないため、茅葺き屋根の痛みの進み具合も早かったのではと思われます。

今回の改築工事のご挨拶に、ご近所をご訪問。向かえに見えるのが茅葺き屋根の風景です。ここではのどかなニワトリたちの風景が見られました。そこには、珍しい烏骨鶏や名古屋コーチン、昔懐かしいプリマスロックなど、淡いブルーの卵を産むアローカナというチリ原産のニワトリなどが遊んでいました。



白い烏骨鶏です!

名古屋コーチンだとか。

ニワトリ小屋から見える茅葺き住宅の風景です!残念ですが取り壊します。
楽しくお話をしていますと、飼い主の方から様々な卵をいただきました。なんと美しい卵なのでしょう!早速、烏骨鶏の卵を卵かけご飯でいただきました。

烏骨鶏の卵のようです。

アローカナという鶏の卵は少し淡いブルーの色をしています。カメラが悪いのでわかりませんが・・・

烏骨鶏の卵は真っ黄色でした。

社内検査!完成物件2件!

 
昨日、古民家再生のお宅と新築のために離れをリフォームされたお宅の社内検査を実施しました。
 検査を受けるのは、監督員の武田さんと戸田さん。社内検査員は建築設計の山尾係長、白井課長、山本部長とストーブの販売担当ながら、こちらも1級建築士の村岡さん、検査を受ける側もする側も建築士や施工管理技士の資格は十分の猛者ばかり。
施主様からの御挨拶の後は厳しいチェックばかり、大きな手直しはなかったものの、ああすればよかったのでは、こうではなかったかというやり取りが続く・・  
 緊張した様子で早速検査の書類を用意する監督員の武田さん!彼は1級建築施工管理技士でもあり急の建築士資格も持っている方だ。
早速厳しい顔つきで検査が始まる!

彼村岡氏もストーブショップの担当者だが、1級建築士だ!



このお宅は今月末に見学会をさせて頂きます。ありがたいことです。

ついつい話が長くなっていきます。

さて次の現場は、離れのリフォーム現場です。 
担当監督は設計事務所経験もある戸田くんです!
これはなんでしょう?
設計担当の山尾くんが説明します。

これはなんでしょうか?

このワンちゃん専用の玄関だそうです。
 
さてここでも村岡さん真剣です!

何を話していたのでしょう?!
何はともあれ、無事検査は済みました。めでたしめでたし!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

特集第2段!鬼太郎の生まれ故郷!「境港」水木しげるロードを訪ねる!

鳥取県の「境港(さかいみなと)」市は知らなくても、漫画の「水木しげる」や「ゲゲゲの鬼太郎」は知っているでしょう。
 その架空漫画の妖怪キャラクターだけで、年間300万人を越える観光客が訪れるという山陰の名所?「水木しげるロード」を訪ねてみました。全長わずか800メートルの間に、妖怪をモチーフにした銅像が139体とか。まさに至る所に妖怪のオブジェがありました。
 
 


奇妙な妖怪にもかかわらず、なぜか深夜に一人で通っても怖くない印象があるのはなぜか?まさに漫画家水木しげる氏そのもののキャラクターだからなのでしょうね。


アベックも祈念?記念写真!

町のすべての商品が全て
水木しげるワールドです!

パンも!


ラーメンも







 まちは、鬼太郎はじめ水木しげるの作品1色です。この街の中でつくられるものに関しての著作権は許されているとか?いやはや、水木しげる氏の心の偉大さに恐れ入るばかりです。
極めつけは,この信用金庫さんです!みすぽらしいキャッシュコーナーにある表示


水木しげる記念館に行ってみました!



管内は撮影禁止の場所もあります!

水木作品の紹介が。鬼太郎も最初は「墓場の鬼太郎」でした。「ゲゲゲの女房」では売れますが、
「墓場の女房」ではネエ!


管内の庭にもいたるところに妖怪が・・


 日本の都道府県の中でも、もっとも地味な県を代表する「鳥取」に年間300万人以上の観光客が訪れる地があるなんて皆さん知っていましたか?
 今では、外国人観光客も多いようです。私が訪れた時も中国からの団体客がありました。
おまけです!鳥取に行ったついでに島根県の安木にいき、「安木節」を聞き、「どじょうすくい」を習ってきました。

 
 


山陰の旅も楽しいものです。
 

ブログ400回記念特集:魅惑のパワースポット?!出雲大社への旅!

 
今年も業界関係者と山陰・出雲への旅を体験!三度目の出雲大社参拝ですが、今回は大きなパワーを頂いてきたような気がします。
 「天孫降臨」「神々の伝説」など、私にはあまり興味のない地と考えていましたが、今回「平成の大遷宮」として本殿の屋根をはじめとする大工事の出雲大社「正式にはイズモオオヤシロというらしい」を訪れ新たな発見をしてきました。
入口にあるさざれ石(君が代の唄にある)
石の裏はこけが生えていました

ガイドさんよりお清めの作法を教えていただきました。一番目に左手、二番目に右手、最後に左手に水をため口をゆすぐ、そして柄杓を洗う手順だとか

新たな発見のひとつが、平安末期に今の15階高層ビルに匹敵する16丈(48m)の高層神殿があったというお話です。平成11年の9月に実際に発見された巨大な柱の根元の部分が発見されたことで1000年も前に、今でいうスカイツリー並みの技術で高層建物が建てられていたというのです。そのことだけでも、この地にはパワースポットに値する大きなエネルギーが存在するような気がしました。

一番のパワースポット大国主命の像の前でパワーをいただく

そしてこの出雲大社だけは二礼四拍手(普通は二回)一礼にて参拝!今は仮殿です。
 

そして、高層神殿の遺構発見の説明を!

スカイツリーもびっくり!
1000年前の高層神殿です。


復元代の柱、三本に束ねた柱の大きさ!


さすが業界関係者です。全員屋根の葺き替え工事の寄付をされました。もちろん私もです!
桧皮葺の原寸模型です。
 

 

こちらは天皇家と同じ世襲制。第84代目の出雲大社宮司のお屋敷です。千家尊祐氏宅
世襲ということは、神武天皇の弟様の代からの世襲ということになります。



最後に神楽殿の大きなしめ縄を拝見!
 
 
 
 
工事中の本殿は屋根しか見えませんでした。
次は水木しげるロードを紹介です!
 

これ何の花畑?御存じですか?安全パトロール!


 
 
 
これは、建築現場の鉄筋の頭に安全の為の保護キャップです。
そのキャップの数は数百個。いや千個以上ですね。黄色いキャップのお花畑ですね。

私達建設業者は、労働災害の多い業種として日々問題にされておりますが、災害の防止にも努力している業界団体なのです。
「建設業災害防止協会」というのがあり、年に数回、労働基準監督署や国、府、市の関係者と共に現場パトロールを実施しています。
 年々、現場の安全体制は進んでおり、10年前とは比べ物にならないくらいのレベルになっています。ただ残念なことは、業界がこのような努力しているにもかかわらず、発注者側は安全の要求はしますがお金は見てくれません。入札金額は下がる一方です。若い人たちが減り、今この業界は低迷の一途です。
今回土木の現場2か所と建築現場を1か所パトロールしました。総勢20名です。当社からも私と安全指導員の和泉君が参加しました。

最近の建設現場は様々な工夫をしています。

 

 
企業努力で地域への緊急警報機をつけたり、投光器をつけたり、また雨量計で危険を伝えたり、その努力は大変なものです。


現場事務所もきれいですよ!

今はどの現場も熱中症対策がメインテーマです。



地域へのお知らせや安全への取り組みを紹介!

高所作業も安全に配慮しています。



 若い人たちに夢を与える為にも、もっと生き生きとした建設業を見せたいと考えています。

あれから4カ月!もうすぐお引き渡しです。

 
3月のブログで紹介いたしましたお宅の古民家再生がまた一つ完了いたします。

立派な梁が印象に残るお宅です。


古民家の再生工事は、新築より手間も時間もかかります。昔の匠とのコラボレーション!それだけに監督も大工も、そして誰よりも施主様が、完成した時の喜びは一入(ひとしお)です。





天井の明りは自然光も取り入れています。
屋根にトップライトを設けましたました。

 
 

 

祝!65歳の定年・・

 
本日、当社で65歳の定年をむかえた水谷さん。私が社長になって3年目から当社に入社していただき18年目を迎えていました。
本日社員に祝福されあいさつされる水谷さん。

元々建築が専門の水谷さん。当社に入社前に土木もされており、土木・建築共に一級施工管理技士の資格を持つ方で、当社では両方の現場を担当していただき大助かりでした。
 これからも、当社の後輩の育成に手助けいただきたいと考えています。
 

集落ウォッチング・・その1・・その2

毎朝午前5時過ぎより、愛犬の「ナナ」(メスのミックス)と集落5kmをジョッギングしています。何も考えないで走っていますが、時々目にとまった物が気になることがあります。

 その一つは、この踏切です。というよりも、踏切の名称です。

 
この踏切には「第一十二踏切」と書かれています。別におかしくないようにも思えるのですが、「第十二踏切」ではないのです。
これは、福知山市内の「十二」地区という場所にある「第一」踏切という意味と思われます。「第二十二」踏切もあるのか、何時か探してみようと思っています。

ちなみに京都府の河川である「牧川」を渡る橋は「十二橋」です。あたり前の話なのですが・・・

 
 次に目についたのが、立原街道にある当社入口の階段のど真ん中に咲く「水仙」の花。頑張って毎年花を咲かせています。頑張り水仙ですね!


 
ところで、この花調べてみると「タマズダレ」という花で「セフィランサス」ともいわれるヒガンバナ科の花らしいのです。ところが、「夏水仙」で調べてみると違う花が存在するのです。ややこしいことに同じヒガンバナ科でお彼岸に咲くヒガンバナに似たユリの花のような植物です。ja.wikipedia.org/wiki/ナツズイセン
 いずれにせよ、この花のように強くたくましい会社を目指したいものですね!

2年ぶりの白川郷・・先人の知恵にまたも感心!

岸下建設㈱が、日頃お世話になっています浄土真宗の地元のお寺様。教念寺の檀家様(正式には門徒様)の研修旅行にお誘いいただき、勉強を兼ねて参加させていただきました。
行先は、岐阜の白川郷~福井の吉崎御坊というコースです。
 実は2年前にも白川郷には行っているのですが、あらためて訪れますと、また勉強になる発見がたくさんありました。
 まず訪れたのが浄土真宗のお寺「明善寺」。260年前に建てられた本堂や鐘楼の門は重要文化財にも指定されている文化価値の高い建築物です。



百数十年もの煤が光り輝いています。

また、5階建て合掌作りは、釘、カスガイ等を使わず、クサビの他は「ネソ」(マンサクの若木)「わら縄」で締めくくった特殊なもので茅葺の切り妻屋根は雪を落とすために60度近い勾配になっています。ブルーノ・タウトというドイツ人の高名な建築家(日本にも一時在住)が「きわめて論理的・合理的構造で日本では全く例外に属する」と称賛したと聞いています。
 今回は、神田家という集落でも大きく歴史のあるお宅と、つい最近屋根をふき替えられて、白川郷にある大きなトチの木を中心とした木彫りを展示しておられる「美然ゆめろむ館」というお宅を訪ねてみました。

この合理的な駒尻の方法は、当地方の民家のサスとしても利用されています。
これは、勅使の古民家の写真です。構造は同じですね。

 



このトチの木は人が十分にくぐれるものです。


見事なものばかりです。色の赤らんだ木はケヤキのようです。


すごく幅広の部屋一杯の板材です。

 
 
 
 
 

夜は、高山市に一泊。朝市を見学し、金沢兼六園を経由して、福井の「吉崎御坊」へ。


 
 

高山の朝市は陣屋跡でもやっておりました。
 
 
 

 
 
高山祭の山車の保管場所のようです。
いたるところにお祭りの衣装姿の像が立っています。

 
 
この吉崎御坊、なんとなく名称は聞いておりましたが、今回の浄土真宗のお寺の方々とでなければ、中々訪れることのない名跡なのかもしれません。




この地は、浄土真宗本願寺の8代法主であります「蓮如」上人が1471年ごろ、比叡山延暦寺などの迫害をのがれて、北陸の布教の拠点とした場所です。その後、戦国の動乱や消失により坊舎は無くなりますが、1746,7年ごろに、西別院(本願寺派)、東別院(大谷派)がともに建立し、今に至っているようで、多くの逸話があるようです。これは、「吉崎御坊三大奇瑞(きずい)」といわれ、「嫁威(よめおど)し肉(にく)附(づ)きの面」、「焼け残りの名号」「腹籠(はらごも)りの聖教(しょうぎょう)」といったお話を聞かせていただきました。


 勉強になった二日間でした。

中々、まだまだ、最近は?!



これなんだか分りますか?実は、会社のトイレの清掃当番表なんです。ちなみに私は1F担当です。

実は3年ほど前に「日本一地震に強い公衆トイレ」を当社の倉庫前の府道沿いに造ったのですが、その後社員は利用しているものの、公衆トイレとは言い難いほど汚れていたのです。

 
 

 
その後も、社内のトイレも含めて掃除当番を決めていたのですが、”中々”全員で清掃ができず、ついに誰かが朝の朝礼で罰金制を導入!

やっと全員が決められた日に清掃するようになってきました。

まだまだ定着したとは思えませんが、公衆トイレはいつもピカピカです。
 ところが、公衆トイレの入口前に車を止めるんですよね!?これでは公衆トイレに入りにくいばかりなのに。・・・まだまだです。