世界最古の現役古材!元興寺屋根裏探検記!


元興寺禅室・屋根裏探検隊!

世界最古!の現役!建築部材が使われている奈良・元興寺の屋根裏を探索させていただいた。この催しは、平城遷都1300年祭の県民活動支援事業の一環として10月17日より約一ヵ月間だけ、1日160人だけに禅室屋根裏の現役部材をお見せしていただくというもの。
去る8月14日の朝日新聞・・「現役木材、法隆寺より古かった 奈良・元興寺、世界最古」という記事に紹介された情報
 「http://www.asahi.com/culture/update/0813/OSK201008130210.html
 から公開参加の申し込みをさせていただいたものです。
10月24日(日)には、「元興寺の禅室の現役部材が法隆寺の部材よりも約100年さかのぼり、世界最古の「現役」木造建築部材であること」を解明された光谷拓実(みつたにたくみ)教授(総合地球環境学研究所)の講演が企画されており、その講演を聴講させていただいてからの有意義な見学となりました。
 光谷教授の講演は「年輪年代法で判明した元興寺の古材」というもの。年輪年代法という自然科学的年代測定法による測定で、法隆寺の五重塔の心柱をはじめとする金堂・中門などのヒノキを中心とした木材の年代測定の成果と、今回予想以上に古いことが証明された元興寺の部材の年代測定結果の報告講演。
元興寺禅室の一番古い現役部材は、日本最初の本格的寺院といわれる「飛鳥寺」由来と思われ、586年+α年とのこと。
 1300年以上「現役」で役立ち続ける「ひのき」の古材=古財を、屋根裏にてじっくり触らせていただきました。・・合掌・・
なお、この元興寺禅室の屋根裏を見学しての感想ですが、
やはり当社の考えている「生き続ける木材」古材が=古財であることを核心したことです。
また、禅室屋根裏の木材は、決して大きな部材ということもなく、京都府北部の昔からの民家の部材となんら変わらぬサイズであり、すべて数百年前もの時を経ているものとは思えぬ輝きがありました。
鎌倉時代、そして戦中戦後に渡る何度もの再生を繰り返して現存する元興寺禅室。屋根裏の耐震のための補強はすごくシンプルで、私たちが古民家で耐震補強するものと変わらないものでした。これからの民家再生にも大いに励みになると思われます。
しかし、聖徳太子の時代よりはるか以前より成長し生きていた「ヒノキ」がこの21世紀に「現役」で存在し続けているというのですから、すごいですよね。・・またまた合掌・・
世界最古の現役古材の解明者、光谷教授の講演

元興寺禅室の全景。屋根瓦も一部に飛鳥時代のものが使用されています。

屋根裏部材の中でも、最も古いとされる北入側柱筋頭貫で590年+αという数字

こちらも590年ごろに伐採されたとみられる部材。巻斗(まきと)という。

久しぶりの動画ブログです!

先日からのお寺の庫裡の建て方までの様子を動画にまとめてみました。久しぶりの動画です。編集の仕方を忘れてしまいました。

こちらは間もなく完成!もう一つの民家再生!

8月のお盆以降本格的な改修工事を行ってきましたH邸の改修工事が、間もなく終了します。現在、左官屋さんが最後の仕上げに頑張っています。

こちらのお宅も何度か改修をされています。これでまた、このお宅は何十年という年月を生き延びることができます。まさにエコですな!


まだ未完成なのでご紹介したくないのですが・・・・
来週には、照明設備もすべて取り付けられて、社内検査を実施をしたら、お引き渡しです。

完成後の写真が楽しみなのですが、よく写っていましたらまたご紹介したいと思っています。




中途半端な写真になり申し訳ありません。


追伸ですが、(現場からのブログ参照)先日のお寺の庫裏の上棟の際に、木材の含水率を測ってみました。案の定というより、当たり前のことですが、KD材(自然乾燥ではなく機械乾燥させた木材)はやはり含水率が15%前後と低い数字を示していました。ついでに、200年前の栗の柱やケヤキの柱を測ってみました。こちらは、19%前後でした。やはり、通常の木の含水率の状態は、19%を少し下回っているくらいが正常なのかなと思われました。ただし、測り方や条件によって一概には言えませんがね。・・・参考までに。
こちらは、通常のヒノキのKD材の柱です。

こちらは、220年前と思われる栗の柱です。

こちらは、220年前と思われる欅の柱です

宅建主任者の試験

 10月17日の日曜日、京田辺市の同志社大学まで「平成22年度宅建取引主任者資格試験」の監督員として行ってきました。
 各都道府県知事の委任をうけて、全国での試験を実施する指定試験機関・国交省所管の財団法人不動産適正取引推進機構(RETIO)が、この試験を実施するわけですが、京都府においては、当社も加盟しております京都府宅地建物取引業協会が、例年試験実施の協力団体として全ての試験実施のお世話をしております。   
京都府宅建業協会の大きな年行事の一環として、毎年多くの役員がこの試験の実施に監督員として出向いており、私も、支部役員や本部理事をしている関係から、何度かこの試験のお手伝いをさせていただいております。
 今年は、京田辺市の同志社大学校舎ということで、朝の7時に福知山を出発、3時間かけて試験会場に到着。午後1時よりの試験会場の整備や監督員の打ち合わせを行い、試験に臨み(?)ました。
 私の担当の部屋は60人の定員の部屋で、主任監督員の私と同じ支部所属のNさんの二人で試験監督を行うのです。
会場には、すでに準備の11時頃からきている受験者の方もおられます。試験時の打ち合わせでは、2時間の間、会場内でのトイレを始め、携帯電話、時計、筆記用具に至るまでの厳しいチェック体制の説明を確認し、いよいよ試験監督員としての本番です。
 試験開始30分前より、説明開始です。受験者も緊張しているようですが、注意書きを読み上げる私も緊張です。
全会場とも電子時計で合わせているため、どの会場とも午後1時きっかりの試験開始です。
 30分経過すると、会場内の全受験者のチェックです。一所懸命に試験に臨む受験者一人一人の顔を、写真と照合していきます。本人の写真との照合は思うほど難しくありません。
照合をしていると、体調の悪い方が、トイレを希望されました。予測したマニュワルに従い、廊下の連絡員を呼び、本部監督員に立ち会っていただき、受験者をトイレに行かせました。
 試験監督後に,Nさんと話したら、彼は受験者の照合作業に集中していて、まったく気がつかなかったと言っていましたが、それくらい緊張する監督業務なのです。
 今年の京都府の受験申込者は4900名あまり、受験者はその80%を切った3900名あまりでした。
私たちが担当した部屋は、欠席者がわずか5名。みなさん、真剣に挑戦しておられました。
一人一人回答の仕方も個性があり、問題の一番後ろ側から解答する人、得意な分野から解答しておられると思われる人、問題だけ先に取り組み、マークシートに記入するのは、試験終了時間の10分前位に記入しておられる人など、試験問題への解答の仕方も様々です。
 いつも宅建の試験の合格者は15%前後だそうなので、私たちが担当した部屋の方たちもその割合から行くと10人未満の方しか合格者は出ないと考えますと、「やはり厳しいなあ」と人ごとながら思えてなりません。
 2時間という時間があっと過ぎ、解答のマークシートを回収し、数を確認してから受験者のへ、退出の許可を告げて試験は終わりです。
 会場の掲示物を片づけて、混雑する本部での解答用紙の確認とチェックを受けて、全てのチェックが完了して、はじめて解放です。
 20数年前に、この宅建資格を京都市内で初めて受験した時が懐かしく思えました。今では、どこで受験したのかも覚えていませんが、私が最初に取得した資格です。それ以降、様々な資格に挑戦しましたが、私は試験を受ける立場のほうが楽に思えますし、試験の開始時期にマラソンの挑戦とおなじような、何かベータエンドルフェンのような快感物質がでるような気がしています。
 今度はまた、受験者として何かに挑戦してみたいと思っています。
ちょうど福知山についたのが午後7時。久しぶりに緊張した一日でした。

第20回福知山マラソン!にむけて。

今年も福知山マラソンのフルに挑戦しようと思っています。最近は過去3年間完走していますが、5時間の壁を破るのが精一杯の状態です。今年は福知山マラソンも20回大会ということで、さらに盛り上がるのではと期待しています。
http://www.f-marathon.gr.jp/

 実は私は、この福知山マラソンに第2回ごろより出場しているのですが、2度ほど30km地点でリタイヤしたことがあります。一度は2回大会でほかの人の名前で出場した時と10年ほど前に練習もせずに出場した時です。どちらのリタイヤの時も覚えておりますが、途中棄権というのは、精神的にも肉体的にも本当に「くたばっちまう!?」状態で、なかなか体力的にも回復できないものです。

 それとは反対に、タイムがよいときは多分体調も良いのでしょう。あとの反省会でもビールもガブガブ飲めますし、翌日にもさほど影響が出ません。
私が初めて完走したのは、今から16年前の大会でした。まだ41歳という若さ(?)でもあり、その頃の記録は残っていませんが、たぶん4時間20分台で走れたと思います。


 3年前より、一念発起して挑戦していますが、なかなか練習ができず、いつも直前1~2ヶ月前になると、夜間に10kmに10回位、休日に20kmの練習を5~6回位して本番に臨んでいます。ただし、早朝5時より、愛犬のナナ様とは毎日30分ほどジョグをしていますが・・
 昨年、初めて低血糖状態を体験いたしました。あまり記憶が定かではないのですが、走り始めて10数キロ地点から、急に眠たくなり、お腹がすき始め、かつ丼が無性に食べたくなったのと同時に、非常に気持ち良く眠い状態になり、ふわふわと走っていたようです。当社の社員でもあったYさんから声をかけていただき、食べ物をいただいてなんとか走れるようになった次第ですが、このときのマラソンは終始お腹すき状態で、食べ物のことばかり考えて走っておりました。実は、最近人間ドッグで分かったことなのですが、この以前から1年半ほど貧血が続いていたのが原因のように思われます。この1年半ほど、妙に体が重いなと思っていましたし、献血では断られるし、どうもおかしいと思っていたのですが、胃のポリープからの出血が原因だったようです。

 さて、今回も頑張って20km以上の長距離の練習を開始したのですが、私にはもう一つ越えなければならない壁があります。それは私の場合、普通の人より体の筋肉が硬く、体全身がつりやすい体質なのです。25km以上のランを経験しますと、必ず足やわき腹に痙攣が起こってきます。これが長く続かないようにすることが、完走への第一歩だと思っています。30km以上のランを経験しておかないと、たぶん本番では35km地点以降歩かなければならなくなるでしょう。

 福知山マラソン本番まであと40日あまり。十分な時間があるわけではありませんが、何とか一度35kmぐらいのランを練習して本番に備えたいと思っています。

 今年も、チーム蔵漆というオレンジのTシャツを着て走りたいと思っています。なお、今期は、蔵漆(クラシック)チームのジョギング用のキャップ(帽子)を作ります。福知山マラソン(10kmランも含む)に参加される方に、お配りしようと思っています。できましたら、ブログ等で紹介したいと思っています。
応援よろしくお願いいたします。

いよいよ上棟待ち!お寺の庫裏の改築です!

この大規模な基礎工事は、この夏に解体したお寺の古い茅葺きの母家の改築工事の現場です。

こんな古民家が建っていました。解体の様子を再現いたします。



この解体した土地に、今この大規模な基礎が完成したというわけです。

手壊しによって保管してある古材=古財もあります。この古財がどのように使われるのか?楽しみにしていて下さい。現在大工さんは悪戦苦闘中です。


それにしても大きな建物になりそうです。

古民家なんでも相談会!JMRA近畿地区運営委員会

今週は、車で遠くまで出かけることが多い。月曜日・火曜日と京都府宅地建物協会の本部まで往復200km以上を二日続けての運転。昨日は新大阪での会議に山本部長と二人で出席し、車で夜の高速を帰ってきた。
とくに昨日の会議は、日本民家再生協会JMRAの近畿地区の会議であり、大阪近辺の業者さんが多い。いつも出席者の中では一番遠い所からの参加だ。もう1社、美山のかやぶき職人「屋根晴」さんも遠い。昨日は、お見えにならなかった。
今回の議題は、日本民家再生協会近畿地区のメンバーによる古民家相談のイベントについて。
正式にいうと「大阪/好きやねん!古民家なんでも相談会」というイベントを大阪豊中市にある日本民家集落博物館内「カルチャーはっとり」というところで開催しようというもの。
10月の29日から3日間展示等を続け、30日と31日は講演がある。詳しくは、http://www.minka.or.jp/news/2010/10/post-4de7.htmlでご覧ください。
当社の担当は、29日なので、多分お客さまも少ないと思うのだが、田舎の業者にしか語れない「田舎暮らし」についての相談でもあれば、当社の山本部長が実体験で相談にのってあげるそうだ。興味ある方は、一度「日本民家集落博物館」まで足を運んでみてください。

民家再生奨励賞!?JMRA!?日本民家再生協会

先日、日本民家再生協会よりJMRA「第5回民家再生奨励賞」の受賞の発表があり、当社が再生した住宅の3件が受賞に決定したとの通知がありました。
この授賞式は、10月16日(土)の「民家フォーラム2010in飛騨市」にておこなわれるとのことでした。
受賞した3件は、昨年一昨年に手掛けた当社の古民家再生事業の中でも、ホームページの事例の中にもよく紹介されております。
今回全国から23件の作品が受賞され、当社はその中の3件を受賞したことになります。
今後、ポスター等で紹介されると思います。受賞3件の写真です。
●「家も人も大切に暮らすU邸」

●「坂の上の古民家」

●「囲炉裏のある民家」

京都府建設業協会の求人合同説明会に参加!


厳しい状況が続く我が建設業界ですが、何とか苦境を乗り越えようと京都府建設業協会が、何年かぶりに求人合同説明会を企画しました。
参加企業は10社余り、と少なく。京都府北部からはわずか2社。協会員である当社も参加してまいりました。
合同求人説明会の開催場所は京都駅前のキャンパスプラザ。ちょっと福知山まで働きに来る人はいないのでは?と思いつつも、ま、当社には変わった社員が多いからな?と違う角度からの期待を胸に説明会に臨みました。
建設業協会からは、京都近郊の建設関連の高校、専門学校、大学に声をかけており開催時間の午後1時半には、結構な人だかりがみられ、急きょ机を準備するなど予想以上の風景も見られました。
当社のブースにも、様々な学生が説明を聞きに来られました。女性の方も2割位おり、この業界への女性の進出も当たり前の光景になりました。
就職希望職種で、予想外に多かったのが「大工」さん希望でした。しかも、一度職場を退職されての第2の出発という方が多いのには驚きました。当社の建築営業企画部長もアパレル出身ですが、そのような仲間が大勢いることに驚かされると共に、当社のような古材や古民家の取り組みに関心のある若者の存在に親しみも感じました。


火鉢の田んぼでのコメ作り・・・

「実るほど 頭を垂れる稲穂かな」(詠み人知らず)という表現のようにはいきませんでした。この歌の意味は、「学識や徳行が深い人ほど、人に対して謙虚」ということですが、今回の火鉢のコメ作りを謙虚に反省せねばなりません。もっと簡単にコメが作れるだろうと思い火鉢での水稲栽培をしてみましたが、結果はこの通りでした。毎日水やりをしていたのですが・・・・

よく乾燥するように刈らずにおいていたのですが、みすぼらしい限りです。

刈り入れ後の田の様子

犬の毛をとかす櫛で実だけすきとりました。

たったこれだけの寂しい実りです。

幸いにも他の壺に後から植えた3本だけの苗は少しだけ実が多くなっていました。


ビンに入れてモミすりです。

現在、一生懸命モミガラ落としに奮闘中!

民間の土木工事も頑張っています!

ここ数年公共工事の減少の影響から、お先真っ暗な我が中小の建設業界ですが、当社も所属する(社団法人)京都府建設業協会が、来年度の新入社員向けの合同求人説明会を企画しました。京都府内の大学・短大・専門学校・高等学校などすべての新卒者を対象に説明会を行おうという、近年では珍しい取り組みです。
この9月29日(水)の午後1時半より、京都駅ビックカメラ近くのキャンパスプラザ京都で開催されます。時期的には、大手企業に比べ遅いような気もしますが、我が業界も公共事業の行方に左右されない組織作りが必須です。ユニークな若者の入社でこれまでの業界体質をドンドンかえっていってほしいですね。
当社も当日、ブースをお借りしての説明会に参加いたします。ただ残念ながら、当社も含め求人側の企業がまだまだ体力的に回復していませんので、なかなか求人数が増える状況にないのも事実です。
ところで当社も、本来は土木工事の比率がが多かった公共工事中心の企業です。今でも、いくつかの府の大きな工事をさせていただいておりますが、こんな民間工事もしています。
こちらは、お宮さんの階段と塀の改修工事。左側を改修しました。右側がまだ未回収の塀部分です。



こちらは、土留めを兼ねたブロック塀を設置します。丈夫な基礎から立ち上げてきます。

元気スイセン!?に負けないように・・・



このスイセンの写真は、当社の事務所の前の駐車場から事務所入り口の階段との間から成長して花を咲かせています。
この暑い夏にもめげず、一周間ほど前から花を咲かしています。このスイセン、今年3度目の開花のような気がします。冬の終わりの春先と、夏前と、今回です。球根がどのようになっているのか、今度枯れた時に調べてみようと思っていますが、すごい生命力ですね。
私も、先日サイクリングから戻ってまいりまして、次の目標である「福知山マラソン」に向けてのトレーニングを開始いたしました。昨年は、低血糖の症状に苦しめられましたが、どうも今考えれば、貧血状態で走っていたことがわかりました。今年は、原因がわかったので、それなりの対策を考え頑張りたいと思っています。ただ、献血に協力できない状態が1年半ぐらい続いているわけで、そちらも早く治そうと考えて日々頑張っております。今のところ毎日のビールがおいしい状態が続いており、一向に体重が下がっておりません。
元気スイセンに学び日々精進したいのですが・・・・

琵琶湖一周サイクリング・・166km・・

まだまだ続く30度以上の猛暑の中、9月11日(土)・12日(日)に、(財)長浜文化スポーツ振興事業団主催の「びわ湖一周チャレンジサイクリング」に参加してまいりました。ひょんなことから、昨年参加したことがきっかけで、今年二回目のチャレンジとなりました。走行距離は一日目が106km、二日目が60kmの166kmで、琵琶湖を左回りに回りました。
このサイクリングのすごい所は、老若男女だれでも参加できること。素晴らしいスタッフのおかげで、下は小学5年生、上は86歳のオジイサン?まで完走できたこと。しかも、普通の自転車(俗にいうママチャリ)でも参加できることです。
私は、現在57歳ですが、平均年齢はもっと高いのではと思えるほど、丈夫な高齢者の方の参加が多かったように思えます。また、今回小学5年生の子供たちが最後まで走り抜いたことも素晴らしい光景でした。
長浜市サイクリングターミナルを出発し、水鳥ステーション、奥琵琶湖水の駅、西浅井町役場、海津大崎、今津緑地公園、白髭神社、琵琶湖大橋を渡り、琵琶湖リゾートクラブで一日目を終了。二日目は、長命寺港、新海浜水泳場、彦根港を通り長浜へというコースでした。
今回、一周の記録を動画でまとめています。編集でき次第ブログに掲載したいと思います。今日は、さっそく写真の映像を簡単にまとめてみました。

出発にあたり記念撮影です。

86歳のオジイサン?の決意表明でいよいよ出発です。

こちらは我がチームの68歳のお母さん。当社の社訓入りTシャツを着てくださり、ママチャリで頑張ってくださいました。

いよいよ166kmの出発です。

きちっとリーダーの指示に従い信号も守ります。

さかのぼりの頂上での一休みです。

美しい琵琶湖の風景をバックに!

途中湖畔での我が班の記念写真です。


86歳のチャレンジャーです。すごい!

この方です。

皆さん夜も元気でした。

翌日ゴールに向けて頑張っています。


ロードを走っていて印象に残ったのは、琵琶湖に面したお墓の多いこと。一周する間に数十箇所のお墓が目につきました。


リーダーのみなさんたちです。おかげさまで楽しい二日間でした。

スタッフの皆様にも大変お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。

最後まで頑張った小学生4人。とても元気でした。

間もなくO邸の再生が始まります!


この春に一つ一つ手壊し解体して、保管していた古材=古財を使ったO邸の再生が間もなく始まります。
道路改良工事に伴う盛土工事が、この夏に終了し、いよいよ本格的な工事が始まります。

今度は,O邸の造成を開始します。

保管されている古材=古財も少しお化粧して間もなく復活です!

少しだけ、再生後の様子をご紹介します。


わかりましたか?

気になるもの二つ!…これは何でしょう?・・・


この泡は何でしょう?・・・

さて、この道具は何でしょう?
最近出会った二つのものをご紹介いたします。
まず、ワイングラスの上に見える白い泡は、「わさび」です。泡ワサビの下に見えるのがマグロで、その下にアボガドが入っていました。先日、京都ロイヤルホテルのディナーの最初に出てきたのがこれでした。
泡がワサビでしょうゆ味のマグロとアボガドの刺身の盛り合わせでした。味はマアマアです。

次はこちら。この木は杉です。3か月前に切り倒され、杉皮をむいたものです。どのくらい乾燥したのかを見てみました。

実は、もう一つの物は、木の乾燥具合を測る「含水率計」でした。

今、三和のダッシュ村では、ギネスに挑戦する試みとして「世界一高いブランコ」を計画しています。当社もそのプロジェクトのお手伝いをさせていただいてます。その、もとになる材料の杉の木を現在、山で葉枯らし乾燥させており、もうすぐ引き上げて皮をむいて、来年の春まで自然乾燥させます。その木の含水率を測る道具です。(財)日本住宅・木材技術センターの認定品のようです。見た目より高価なものです。

防災の日、関東大震災を検証?!……倒壊より火事?!

 今日の暦をみると、防災の日となっていました。そうか今日は、関東大震災が起こった日だなと、「たしか、大正12年9月1日!」と日付が即座に思い浮かびました。
この年に生まれた方は87歳。ということは、この大震災を経験しておられ生存するお年寄りの方はまだ相当数おられるということです。
 改めて、日本史上最大の震災といわれるこの大地震を簡単に調べてみました。相模湾を震源とするマグニチュード7.9の海溝型の地震で関東一円に被害が発生。死者・不明10万5千余名、住宅全壊10万9千余、半壊10万二千余、焼失21万2千余(倒壊後の消失含む)となっていました。
 この地震の特徴的なことは、地震発生が昼の0時直前ということもあり、食事支度時ということもあり、地震発生直後から火災が発生して、火災による建物の焼失や焼死者(東京市だけで5万2千余名といわれる)がとりわけ「史上最悪な震災」といわれる由縁のようです。ただ、正確なことは未だにわかっていないことが多いようです。それほど全てのものがなくなってしまったということのようですが・・・
 話は変わりますが、私は千葉の田舎で育ちました。貧乏でお粗末な家でしたが、その割には剣道の竹刀や古い本棚や硯や古書など、その家には何か不似合な骨董がたくさんありました。母に聞くと、亡くなったお爺さんが終戦まで憲兵であり、以前には東京市で消防局の職員をしていたのだというのを聞いたことがありました。小さい頃、そのお爺さんの古書の中に、確か東京震災の記録が書かれており、赤の色鉛筆のような印しで火災発生箇所などが克明に記録された冊子があったのを覚えています。
 その後、母がそのような古書を処分した頃、「震災の発生の様子を記録した資料が見つかった」というニュースを聞いて、どうもあの資料は私が見ていたものと同じではないかと我一人勝手に思っていました。
 さて話は戻しますが、家の安全についてですが、一番大事なのは、「とっさの時に命を守れる家」ではないでしょうか。次に、「損傷の少ない家」という順番なのではないでしょうかね。
ここで印象的なのが、国の防災科学技術研究所が昨年の10月に三木市の「E-ディフェンス」(大型振動台)を使って行った「長期優良」の3階建て木造住宅の「実物大」実験での結末です。
この時、同じ設計の木造住宅を2棟作り、1棟は「耐震等級2」を満たす長期優良住宅。もう1棟は柱の接合部のみを弱くした同等級を満たさない住宅。2棟を並べて耐震基準の1.8倍、震度6強相当の人工地震波で20秒間揺らしたところ、本来倒壊しないハズの「耐震等級2」の住宅が完全に倒壊し、倒れるハズの「接合部にゆるみのある住宅」の方が完全には倒壊しなかったのでした。
この実験については、今やマスコミも語らないようになっていますが、本当はゆゆしき問題だと思いませんか?倒壊しないと胸を張っていた住宅に人が入っていたら、恐らく人が亡くなっていたのではないでしょうか?片や「倒れるべしで接合部にアソビのあった欠陥?住宅」ですが、多少の怪我は発生したかもしれませんが、命まではなくなっていなかったでしょうね。
私は学者でも専門家といわれる立場にも程遠いと思われる人間ですが、この違いは明らかに問題であろうと直感いたしました。ボルトやナットで剛接合でガチガチにした家よりも少しアソビをつくった柔の接合の方が安全なのではと。思っています。
先人の方たちは古来よりこのことを理解していたように思われます。法隆寺や東寺の五重塔など、未だに私達は先人の技術に学ぶべきことがたくさんあるように思います。身近には、伝統的木造構法といわれる従来の古民家などもそうなのでしょう。
しかし現実には、今の建築基準法では中々先人たちのつくった方法で住宅を建てることはできません。
今、住宅建築する上で地震に対する構造といえば、耐震構造、免震構造というのが法的にも認められているわけですが、特に免震構造は「揺れを和らげるという柔?の構造」なのですが費用的に高額なのが問題として残りますね。
そこで、考えたのがビイック社という会社の「地盤減震」というシステムでした。建物は建築基準法の耐震を満たす住宅を作り、更に基礎下に滑り装置をつくることで、地震時の揺れをシャットアウト(ちょっと大げさですが・・)イヤ、軽減して震度4~5までに抑えるというものです。第1に命を守り、第2に損傷を食い止める。というわけです。
最初の当社が採用したのが、当社倉庫前の公衆トイレです。次に、当社の売り出した住宅「ニュー蔵漆」に採用してみました。次は、秋に蔵の移築をするのですが、その蔵の基礎下に、この地盤減震システムを採用する予定です。
本日は、防災の日です。ちょうどよい機会に当社採用の「地盤減震システム」一度ご覧いただきたいと思います。

なぜ?!・・こんなにしてまで買うの?・・ラスク?!

食べ物を買うのにはじめて行列に参加してみました。リスクではなく、ラスクです。大阪の阪神百貨店の地下食品売り場の入口に開店と同時に行列がありました。うちの奥さんが並ぶというので付き合いました。行列に参加すること30分余り、冷房の利かない外と内とでは大違い。最初から中で待っていればよかったと気がつきましたが、それに気がついたのは後のこと。女性の皆様が多い中、一緒に貴重な体験をさせていただきました。ただ、なんでこんなお菓子?!に大勢の人が並ぶのか今でもわかりません。私にはリスクにしか見えませんでした。
ついでにこの日、もう一つ大勢の人が列をなしているところが阪神百貨店の中にありました。こちらは、すごい列です。いまNHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」で有名な水木しげる氏の米寿記念の「ゲゲゲ展」でした。幸い、すぐに入れてもらえるカードがあったので会場にすんなり入れたのですが、そこは押すな押すなの超満員、隙間から貴重な原画を拝ましていただきました。
漫画といっても、貴重な芸術だと本当に思いました。細かい点と線で描いた濃淡の世界は何とも言えない美だと感じました。こちらは行列に並ぶ理由がわかりました。
開店と同時にこの行列です!

警備員まで出ています。

なるほど!これがラスクというものか?製造のビデオが流れていました。

やっと商品に辿り着きました!

これを買うために行列に参加したのですが・・・・

こちらのゲゲゲ展の方が並ぶ理由がわかりました!?・・

古いモノにはいいモノ懐かしいモノが一杯!?

私が、車の免許を取ったのが22歳の時、今から35年ほど前のことになる。最初に購入して乗った車は、日産チェリークーペの中古車だった。その次に乗ったのが、今でも多くの人から「スカG」と言われ親しまれた箱型スカイラインのオンボロ中古車だった。そして次に初めて新車を買ったのがサニー。その次が、イスズのアスカ、その次は日産の4輪駆動のワゴン車だった。その次が三菱の4駆デリカ・・この頃はスキーのために雪道に強い車ばかり購入していたような気がしています。
そんな、懐かしい車や世界の名車が、たくさん展示してある車の博物館を訪れました。昔の手作りの車がたくさんあり、やはりいいモノは、どんなに古くても素敵な輝きを見せてくれました。そんな車の写真を動画にまとめてみました。

世界のトイレ?!・・男性版!

先日旅先で、面白いコレクション?!に出会いました。世界各国のトイレです。
日本の洋風のシャワートイレは世界的にも有名で、日本をおとづれた外国人が持ち帰りたい物の一つだとか?
今回男性用のトイレ便器を撮影してみました。国により少しずつデザインが違いますね。