なんでも利用?!ゴーヤ栽培に古樽活用・・

 薪ストーブショップの「火木土」の南西面が大きなガラスのため、夏は西陽が入るために、省エネも兼ねてゴーヤ(にがうり)の緑のカーテンをつくることにしました。
 そこで、植え鉢を何にしようかと考えましたところ、捨てるに捨てられずにとっておいた小さな酒樽を思いつきました。
 早速、自然系の「リボス」塗料で、保存も兼ねて着色です。

大きなガラス面ですので、廃材のおおきな板材を利用して骨組みをつくり、ネットを貼りつけて完成です。

土は、里山に雑草や枝を腐らせてできた有機の土です。カブトムシの幼虫がたくさんいます。樽は、カラカラに乾いていたので分解寸前でした。ようやく陽の目を見ました。



 
 
 
 
 
 
 
 
 

無垢の板材を使った、手作りの板塀

 数年前、蔵漆モデルの新築住宅に孟宗竹を加工して手づくりの塀を完成させたことがあります。竹の伐採から完成まで数カ月も費やしたのを覚えています。  今回、お知り合いの方から良く乾燥した広葉樹・タモの板材(野球のバットなどに使用)をたくさん手に入れました。当初は、ストーブ用の薪にと考えていたのですが、薪にするにはもったいないと考えて、新たな板塀に挑戦する事にしました。 今回、実験的に私の「隠れ家」に創ってみることにしました。まだ試作段階なのですが、今回新築されたお客様が、以前私が創った竹塀を大変気に入っておられましたので、今回試作途中の板塀をお見せしましたところ、大変気に入ってくださりました。  そこで、世界で一つだけになる無垢のタモ材で作る板塀を新居のお宅に設置する事になりました。完成時には、またご披露したいと思います。  ちなみにこの写真の塀は当初作成した竹の塀です。
 

広葉樹のタモ材でバットやバチなどの素材です。とても堅く丈夫です。

良い素材だけを選び塗装します。


笠木板と柱には無垢のヒノキ材を使用します。


いよいよ組み立て実験です。

まだ試作ですが、かなり良い塀が期待できそうです。

古材・古建具と自然系塗料の活用

ご近所の方から、「面白いガラスの入った障子があるのだが、捨てようと思ったら、家内が岸下建設に電話してみい!と言うとるんじゃが。」と連絡がありましたので、早速いただきにまいりました。
いただいてきたのが、この障子です。
 面白く使えないかと丁寧に水洗いをして、自然系の塗料を塗って障子を張って二枚を蝶番でつなぎ、屏風にしてみました。




 
 
 
 
 
 火木土の大きなガラスに西日が当たりますので、こちらに屏風として立て掛けてみました。



 
 もう一つは、臼です。こちらは、自然系の塗料を塗って台座にしてみようと思いました。その使用法がこれです。



 
結構この台座いけると思いませんか。弥勒菩薩様も結構ご満足そうです。
ところで、最近火木土が、この自然系塗料法ボスの代理店になりました。値段は、普通の塗料よりちょっと高いかもしれませんが、オーガニック系の香りがしますよ!ぜひご来店いただき、使用してみてください。

 

念願のマイホームへ!当社社員の上棟式!

先週、私にとっても、会社にとっても、また御本人にとっては、最もうれしい、自ら設計した我
が家の上棟をむかえるという、一世一代のイベントに参加させていただきました。
家づくりは、当社にとっては何気ない仕事の一環ですが、施主様御本人にとっては、一生
に一度か二度あるかのおおきな仕事です。
当社もすでに創立50年をむかえた建設会社ですが、親子2代に渡り50年以上当社を支
えてくれている当社の住宅事業部の山崎課長のマイホームの夢がついに実現です!
多くの家づくりを手掛けてきた山崎課長の自らの家づくりをとくと拝見させていただ
きます。

部下の嶋野君もお手伝い!
 
ご夫婦のご両親たちも見えています。
ご本人は施主でもあり監督さんでもあります。
いつもにもまして真剣な顔つきです。
仕事の合間に、現場の仲間や営業たちも来てくれています。


ついにみんな現場のお手伝いに!
山崎課長のお父さんもいまだに重機では現役社員以上のお手伝いをしてくれるときがあります。知り合いも多いです。
途中、当社へ現場実習に来てくれている川口中学の生徒も現場見学に来てくれました。
天候が心配されていましたが、手際よい大工さんたちのおかげで無事上棟も済み屋根もはれました。50坪近い大きな家ですが、雨に降られずに屋根じまいまで完了しそうです。
大工さんもいつもより真剣?!
仕事がお忙しい奥さまも無事上棟を終えた我が家に満足そうです。
子供たちもうれしそうです。
屋根仕舞いも完了し、いよいよ簡略ではありますが、上棟式を行います。
本日の上棟のお礼と今後の安全を祈願して、全員で祭壇に向かい手を合わせました。

 
 
 
 
 
 

紙の家の大工さん!

     当社の薪ストーブショップ「火木土」に時折、変わった大工さんが登場します。名付けて「紙の家の大工さん!」です。
 火木土入口の右隅の一角に小さなデスクがあります。そこでは当社の数少ない女性スッタフ・・中村女史が、設計図面をもとに、段ボール紙を使って、家の模型を作成しています。新築や民家再生の大きな工事のような場合、中々お客様は完成した姿を想像する事が出来ない場合があります。そこで、お客様の要望に基づいた設計図面をもとに、3次元の建物模型を実際に創ってお客様にお見せしているわけです。
 この模型の製作も、手間暇と技術のいる仕事です。しかし、彼女の手にかかると、あっという間?!に紙の家が完成です。
 火木土の店内に何点か常に展示されていますので、ご興味のある方は一度ご覧になってください。

製作は「火木土」の一角でしています。



ちなみに彼女たち二人は独身です!
 
 
 

連休の過ごし方!

坐骨神経痛の傷みを抱えながら、前から約束していましたスキーのお仲間達と志賀高原への初滑り?に行ってまいりました。今シーズンは、これが最初で最後です。私が一番若く、平均年齢は6?歳と、3人だけのさびしいツアーとなりました。この連休中は、全国的に天候が悪く、スキーも心配されておりましたが、雪のコンディションは最悪でしたが、3日間滑ることが出来ました。
 ただし、私ももう一人のw氏もイマイチの体調で、数本滑るとコーヒータイムとなり、半日も滑ると「もう上がりましょうか!」とお互いにリタイヤ。元気なのは、7?のお医者様のN先生だけでした。N先生、昨年も福知山マラソン完走です。
さすがに山も暖かく残雪も少なくなっていました。
 
 
 
 
スキーヤーもだんだん高年齢化しています。
さびしいですね。

私だけ還暦数か月前で一番若い!赤のちゃんちゃんこではありませんヨ!
 私だけ、帰り道の敦賀駅で下車させていただき、一路京都目指して、特急サンダーバードへ飛び乗りましたが、社内は満員。結局、午前中のスキーの疲れも加わり、社内トイレ前の立ちっぱなしはきついモノがありました。
 しかしながら、妻や娘や甥・義理の姉妹や娘の友達・モデルのティナさん。達と、娘の友人の働くお店「ぎろぎろ・枝魯枝魯」では、再度元気に復活。お店の、イベント「ソーメンの早食い大会」にも見学参加?
オーナーの枝國社長。料理本でも有名な柴田書店からも本を出版されています。

ソーメン早食いのお店対向戦! 
最後は、高校に入学したばかりの嫌がる甥と二人、ラーメン屋を捜して街へ。ラーメン屋はなく、沖縄料理の看板があったため飛び込み、そこで午前2時まで、私一人大騒ぎをしていたようです?
 さらに翌日は、娘たちに合わせて、京都見学。最初に訪れたのは銀閣寺、さすが京都、多くの観光客でした.
次に訪れたのが、外国人観光客に人気のスポット、三十三間堂。たまたま、NHK大河ドラマ「平清盛」にかかわりのある場所でもあり、こちらも大勢の観光客。すぐ正面の京都国立博物館では、「王朝文化の華 陽明文庫名宝展」を見学。クタクタになって帰ってまいりました。
 さて今日から、またしっかり商売に精進いたします。内容満杯の4日間でした。
雨の銀閣寺
 
 
 
 
こちらは三十三間堂。
さすがに大きいです!

こんな近くに国立博物館があったんですね!

夏のストーブ活用!野外でのミニクッキング!


   冬の気温から、突然の夏気温。最近の日本の四季はどうなっているのでしょう?
                    さて、そろそろ薪ストーブの火から遠ざかりはじめた4月の末に、当社の薪ストーブの卸元のひとつであります三重のグランビル社のストーブのメンテナンス講習会に参加してまいりました。
                                ㈱グランビルさんは、主にカナダのハンプトンや英国のエッセ、ブライトンといったストーブの輸入元であります。
 
当社は、今後も京都の京阪エンジニアリング社などでの講習や薪づくりも含め、夏に向かってのストーブ営業活動を始めていきます。
いよいよストーブを分解します。皆さんその目は真剣です!

村岡さんも食いつくように見入っています。
すべて分解してしまいました。
ここまでしたのは初めてとのことです
 
 その中でも、「夏のキャンプやバーベキューパーティに向いているなあ!」と思われる、クッキングストーブを見つけました。

私も1台、野外や古民家の囲炉裏端で使いこなしてみようと思っています。
特にESSE(エッセ)のキャンプエッセというストーブは、グランビル社の長谷川社長が東北大震災の時に運び込んで使用していただいたという注目の一つです。
 炎が見たいという私のようなわがままな人向けには、ガラス越しに炎が見えるようにしていただいた、長谷川社長オリジナルのキャンプエッセデラックスというのがあります。
 夏は、スイーツをつくるクッキングストーブという活用も中々面白いようです。



 先日、火木土の村岡さんも、市内の「ドッコいち」でキャンプエッセの薪ストーブ料理で、ご家族ぐるみで孤軍奮闘されておりました。




 

連休前、遅れてやってきた花見の宴、社内イベント!

                                              季節は、もう夏かと思えるほどの暑さになっていますが、4月のはじめにはまだ雪が降っていたのです。
公共工事も一段落し、民間の建築工事も落ち着いてきた4月27日の、巷では連休前夜。当社では桜の散った後の花見の宴を、久しぶりの空き家となった勅使の古民家離れで催しました。
 土木、建築、営業企画、薪ストーブ火木土、総務の各部門ほぼすべての社員が久しぶりに楽しく交流し、遅まきの花見の宴・社内イベントを楽しみました。
ちなみに当社、営業理念の最後の文章に「…顧客と地域と自らに福をもたらす会社を目指す」という文言があります。
久しぶりに無人となった勅使の古民家で・・

囲炉裏を囲んで

京都ではグジ・グチと呼ばれるアマダイの干物や



あじ、ささがれい、カマスなど

建築の一員が早速囲炉裏で

こちらは焼きあがりを待つ部隊!
 

外では、焼き肉とクッキングストーブでの準備です。

土木部の一員はやはり外が好きな様子!

やがて、外も暗くなり、寒くなってきてクッキングストーブの活躍です。ストーブ係は、火木土の小谷さん!

遅れて火木土閉店後に村岡さんがやってまいりました。

土木の和泉係長も上機嫌です。彼は、私の友人のお宅の土木工事をしてくれています。
施主様もきれいになって大喜びです。

参考までに、現場着工前が、

こんな風景に!

当社最年少社員の島野君でした。彼は当夜は、ここで宿泊でした。

今回山本部長が写っていませんが、村の会議のために、笹ガレイや焼き肉を大急ぎで食べて帰宅の途につきました。。
 
 
 

こんなところにも御縁が!・・私が学んだ古い学舎がテレビに!

 先日、何気なくNHKを見ていると、ふと私の学んだ高校の校舎が撮影舞台になっていることに気がつきました。連続テレビ小説「梅ちゃん先生」の撮影舞台になっているようです。http://www.city.sakura.lg.jp/0000006441.html
  いまは、千葉県立佐倉高等学校記念館とされ、国の登録有形文化財になっていますが、今も昔のように職員室等として使用されているようです。
私も新入生の時、この木造校舎の1階で学びました。上級生になるとRCの新校舎に移るのですが、なぜか新入生はこの建物で学ばされました。古い重層感のある教室と重く硬い無垢材の机といすの感触を今でも鮮明に覚えています。
 梅ちゃん先生の制服の校章がサクラのマークで、当時の校章であったのも思い出しました。
急に懐かしくなり、高校時代のアルバムを探しましたが、なにも満足な写真がありませんでした。
 古いモノを残したり、甦らせたりすることに、何とも言えない充足感を感じられるのは私だけでしょうか?
 今また、一度は廃屋となったお宅の再生を検討しています。とてもロケーションの良い場所です。・・お楽しみに!
こんな写真のアルバムしかありませんでした。

これが今の校舎写真です

主人公の校章と同じサクラのマーク

当時の卒業生たち

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

日頃のストレスの解消なるか!女性達も薪割りに挑戦!

 
春らしくなった15日の日曜日。各地で桜のお花見とイベントが盛りだくさんです。ここ、薪ストーブショップの「火木土」もカフェのプートココスさんと一緒にイベントを開催。村岡店長もストーブクッキングでお客様のおもてなしに汗ダクダクでした。
 暖かくなった外では、薪ストーブの同好会の方々によるチェーンソーの扱い方や薪割りの講習が行われましたが、最も楽しそうだったのは、なんといっても女性連の薪割り実習ではなかったでしょうか!?
このイベントを当日になってホームページでお知りになった尼崎のご夫婦が、わざわざお出で下さるなど
中々の盛況で、楽しいイベントでした。
 私は、腰の痛みでただ座って見学させて頂くだけでした。残念!残念!

東北震災でも力を発揮した屋外でも使用可能なesseの薪ストーブを使ってクッキングの準備をいたします。

屋外では薪ストーブの同好会の方々によりますチェーンソーの講習も。

最初はご主人方の講習でしたが、薪割りを見ておられます奥様方も・

自ら斧を振り上げておられました。


当社の中村女史も・・・昔の若者も・・



屋内ではマンドリンの演奏や楽しい絵を描いていただきました

皆様ありがとうございました。

坐骨神経痛の痛み!痛くて歩けません!

 2~3日前から、腰がおかしくなり、右の臀部が痛み始め、立っているのも苦痛になってきました。夜には痛みが強まり、寝ることすらできません。
ついに昨日、病院の整形外科に行ってまいりました。病名は「変形性腰椎症、根性坐骨神経痛」ということで、お尻に注射をしていただき、体幹装具(コルセット)を装着していただきました。
未だに痛みは続いており、1日2回の痛みどめ(ロキソニン)を飲んでいるのですが、昨夜は我慢できずに、もう1回飲んでしまいました。
 毎朝、ジョギングやストレッチをしているのになぜ突然なの?と、日頃体に自信を持っている私としては、非常にショックなわけですが、
思い返せば、先週の土曜日の作業が原因のような気がしております。
 先日のブログでもお伝えしましたが、あの日は朝からチエンソーでかたい栗の古木を必死になって切り、倉庫の他の木材を一人で片づけるなど、非常に満足な労働を体験した1日だったのですが・・
あと、あの日は記憶を呼び戻せば、私はゴルフが嫌いなのですが、2年ぶりぐらいに約束した人たちとのゴルフを思い出し、ゴルフクラブを持ち出して、早朝ジョギングのおり、30回ほどフルスイングをした記憶を思い出しました。あのとき、無理なひねりをしたのかもしれません。無理を重ねた土曜日でした。
 日頃体力に自信を持っていただけに、罰が当たったんでしょうね!?「変形性腰椎症」というのは、調べてみると老化現象のようです。私も、もうすぐ還暦です。また、前厄という年周りも「無理をするな」という意味合いがあるのかもしれませんね。そんなことを考えていましたら、先日、厄除神社で買ってきましたお守り「身代わり守り」が壊れていました。
 用心!用心!
変わり果てたお守りです!
こんな形だったのですが

栗の古木材!


2年前に解体したお屋敷の基礎材として使われていました栗の古木材。
直径30cm、長さは8m余りもある大きなものですが、処分するにはもったいないと思い、洗浄をして有効な長さにカットして再度、土台材として有効活用しようと考えています。
線路の枕木としても昔は使われていました硬く丈夫な木材です。チェンソーの刃が煙を出して傷むほど硬い栗の木です。土台として使用されて150年以上、栗の木として、この世に出てきてからは200年は経っていると思うのですが、その切り口はまだまだ立派な年輪が見え、現役木材のように綺麗です。
 当社の監督の武田さんや設計の白井さんと相談し、この栗の木が再度使われることを願って、適当なサイズに切断させていただきました。
この家の土台として使われていました栗材です。

まず、高速洗浄をしました。

みるみるきれいになっていきます。

洗浄するときれいな木材になりました。

乾かして適当なサイズに切断することにしました。
 
 

切り口もこんなにきれいですよ!
200年も前から生きていたなんて思えませんよね!

早く有効活用されますように倉庫の入り口に積まれています。

 

またひとつ再生されたお家が増えました!

今回の与謝野町のお宅は、一部増築を含めた再生の工事です。今年の冬は雪が多く、このお宅の辺りも雪がたくさんふりました。
 昔から雪の多い地域だったのでしょう、大きな松の梁や桁で組まれたがっしりとしたお宅でした。
本日は、社内検査ということで、一級建築士の村岡さん、白井さん、そして紅一点中村女史と私で、監督員の武田さん(こちらも1級建築施工技士さんで建築士も持っています)の施工現場を厳しく?検査させていただきました。

 随所に、昔ながらのおうちを再生させていただくのが好きな武田監督の心配りが感じられ、楽しい団欒の場をむかえられるご家族の姿を想像させていただきながら検査を終了する事が出来ました。

なにやら増築部分の天井から引き出した梯子を登ろうとしている中村女史

下から白井さんが覗いておりました。

空き空間を利用したロフトになっています。

がっしりした梁!

格子戸の向う側が玄関です

昔ながらの和室も残しながら壁

を創りました。

監督の武田さんお疲れ様!

 

 

 

 

 

 

 

足掛け3年!大きなお屋敷の庭も完成!

昨年の暮れに改築が済み、外構工事の庭園の工事を年明けから進めていましたが、雪に悩まされながらも、春の芽生えと共に樹木の植え付けが完了し、全ての工事が終了いたしました。
 やはり、大きな庭が完成して、初めて家が完成したという気になりますね。このお宅の庭の見ごろは、今年は寒さで遅れていますが、4月中旬ではないかと思っています。当社にとっても最初で最後になると思われます個人のお宅の大工事でしたが、樹木の花が咲き誇る頃に多くの方々に見入っていただきたいと思うほど、楽しみな工事でもありました。
駐車場からの庭の眺め
 
 
 

 

 

石のアプローチを進んでいく

と大きな庭が見えてきます

遠くに見えるのはメンヨー(ひき家)で移設した蔵なのです。


 
 

 


この庭は暗渠排水の工事もチャンとしているんですよ。



今年は1月・2月は雪で職人さんたちも大変苦労していましたよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

弥生3月!春の雪の中の建前!

 
3月も半ばというのに、今年はいつまでも寒い日が続きました。
先日、建前の日の早朝、まだ冠雪がある中、建前は始まりました。
施主様のご希望は、「蔵漆・クラシック」タイプの家です。中心に収まる大黒柱は(6寸)18センチです。
 周りは新築住宅ばかりです。近所を散歩していたお年寄りが、「ここの家はエライ柱が太いなあ!」と驚いていました。
天候を心配していましたが、大勢の大工さんの協力で、雨や雪の影響もなく、一日で屋根仕舞いまでする事が出来ました。40坪からの大きな家ですが、職人さんたちの協力で、無事1日で棟上げどころか、屋根のルーフィングまで張ることが出来ました。 これまでの経験から、このようなスムーズに進行する現場は、最後までスムーズにいっている気がしています。
最後までご安全に!
  
 春とはいえまだまだ雪の残る福知山です!

 
 時間が経つと絶好の建前日和に!
 
 午後には早くも棟が上がりました!職人さんたちの連係プレーのよさ!

 上棟の棟上げ儀式も済ませました!
 

1日で無事屋根仕舞いができ雨も雪も安心です!

1日ですごいでしょう!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

久しぶりの大きな梁と桁です!

40数年前に一度、お父さん本人の手で鉄骨で屋根を中心にリフォームされた古民家を再び内部を解体しています。
 200年は経っていると思われる古民家は、再び息子さんのご意志により、当社での再生計画として動き出しました。壁や床を取り外し、骨組みだけの姿にすると、梁や桁が存在感をましています。
久しぶりの綺麗で大きな癖のある松の梁が見えています。また、工事用ライトの向こうには、お父さんが工事した屋根の鉄骨やトラス梁が見えています。
 工事を担当する監督や職人さんたちも、珍しいタイプの再生古民家に興味津津のようです。煤だらけになりながら、一所懸命梁を掃除してくれています。今から完成が楽しみです。
大きな広葉樹の木の向うにお宅はありました。
 
 
 
内部の解体が始まりました。

 
 
屋根の骨組みは鉄骨です。
40数年前の藁葺きからの
工事のご苦労は大変だったのでは。
素晴らしい梁が見えてきました。
 
 
 
 
 

鉄骨と200年前から
の古民家の再生の再挑戦に
職人さんたちも真っ黒になり、興味深々で頑張っています。

完成が楽しみですね!
お楽しみに!
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

還暦を前に思うこと。自らの誕生日をむかえて。

 満59歳になりました。昔の「数え」という年齢だと60歳になることになります。来年はいよいよ「還暦」だとか。還暦は字の通り、「暦(干支)がもどる・かえる」という意味で、甲・乙・丙・邸・・の十干と子・牛・寅・卯・・の十二支を組み合わせた60通りが一巡する事を意味するとのこと。私は「巳」年生まれで、来年が5回目の「巳」年を迎えることになります。
 今では少なくなりましたが、還暦には赤いちゃんちゃんこや頭巾などを近親者が贈る習慣がありますが、あれは赤ちゃんに還る=生まれた年の干支に還るという意味や赤は魔除けの色とされているためらしいです。
 そういうことを意識するわけではありませんが、最近私のネクタイは赤が多いです。先日、安いゴアッテックスのスキーウェアーも赤だったし、気がついてみると前年買ったスキーパンツの色も赤でした。
改めて60年の人生の総括を考えて、次の新たな人生を考えてみたいと思っています。
 昨年の3月の東日本大震災も大きな衝撃となっていますが、生きるということを考えさせられる旅をしました。
つい先日3月に入り、業界関係者と南九州に行く機会がありました。
伊丹空港から、鹿児島までの飛行機の旅でしたが、久しぶりにプロペラ機・JASのボンバルディア機ということで、故障や事故で有名なこともあり、久しぶりに緊張する雨の中のフライトでした。親会社でもあるJALの経営再建に向けて、最近は燃費のかからない小型機やプロペラ機がだいぶ復活しているようですね。
 さてここで、最初に向かったのは南九州市の「知覧」という町です。ここは、第2次世界大戦の末期に、多くの若者が「神風特攻隊」としてプロペラ戦闘機で出撃した知覧飛行場があったことで有名な場所です。
 今は、「知覧特攻平和会館」があり、当時飛び立った特攻部隊の若者たちの遺品・遺書がたくさん展示されています。今回知覧に行くと聞かれ、近親者から68年前に特攻で飛び立たれた方の遺言書を納めてきてほしいと委託された旅でもありました。
十数年前に一度訪れたことがありますが、その時の鮮烈な印象は今でも忘れておりません。今回も、会館の中の遺書の文面を読みましたが、読むそばから涙が出てしまい、多くを読まずに外に出てしまいました。
当時の若者たちの思いを考える時、何とも無念さを感じながら死を選ばなければならなかったのではと思えてなりませんでした。その意味をあらわす端的な言葉が「母」という文字に表れていました。多くの若者がつづった遺書の端端に「母上様」という文字が書かれていました。十二支を二巡もせずに散って行った多くの十代の若者達の無念さを感じずにはおれません。
 昨年の震災での19000名あまりの被害者の方々も、同じ思いであったと思われます。
 せっかくいただいた人生二巡目に向かって、新たな働きをしたいとおもっています。合掌


会館内はすべて撮影禁止です

当時の面影を残す塀舎の跡

当時の写真が展示されておりました



この碑にも「母」の文字が

ゼロ戦の残骸が展示されていました。外より撮影

知覧から飛び立った隊員は1036名、供養の石灯篭を募集したところ、全国からそれ以上の提供があったとのこと。
知覧の道路はこのように石灯篭がたくさん並んでいます

 
 
 
 
 
 
 
 

京都水族館!現場見学会に参加しました!


来る3月14日にオープンの予定になっています、内陸の水族館では日本最大となる「京都水族館」のオープン前の現場見学会に参加させていただきました。当社の所属する(社)京都府建設業協会の主催によるものでした。運営はオリックス不動産、施工は大成建設㈱が携わっております。
未だ工事の最中ではありましたが、すでに魚やイルカ、ペンギンなどの動物も元気に泳いでおりました。開業前のため、撮影は禁止されており、外部の撮影のみの報告となります。
 大水槽は厚み240mmのアクリルガラスを使用ということで見ごたえのあるものでした。また、イルカスタジアムではイルカショーの準備で大忙しの様子。ショー風景の遠方には、新幹線「のぞみ」車両が通過する列車姿も見られ、内陸水族館特有の風景が見ることが出来ます。開業まで2週間。お楽しみに!
 ところで水族館のある梅小路公園ですが、中々楽しい場所ですね。初めて訪れましたが、「緑の館」という植物園や旧二条駅の再生駅舎のある「蒸気機関車館」という蒸気機関車の常設展示など、子どもから大人まで楽しめるパークでした。これからは、大勢の観光客でごった返すかもしれませんね。


開業前の見学のため裏口に回ります。

スリッパも協会で用意しました。


入場料は大人2000円ですが、今なら年間パスポートが4000円でした。

すでに購入者が来られていました。

梅小路公園には、植物園もあります。


 
旧二条駅が再建築されている蒸気機関車館。
こちらは時間をかけれ場蒸気機関車に乗ることもでき、充実した時間が過ごせると思います。

 
 

多くの機関車が並んでおり、その風景は圧巻です。

動くD51に乗ることもできます


 

「柏原の厄神さん!」参り・・


先週の金曜日の夜に、北近畿では最大規模になる「柏原の厄神さん」の厄除祈願に行ってきました。
 昭和28年3月生まれの私は、来年は還暦を迎えるということで、今年は前厄の年なのだそうです。そこで、チョッとしたお祭り気分にも誘われて、妻と二人で柏原の八幡神社まで、ライトアップの美しい風景を拝みに行ってきました。毎年、10万人が訪れるとのことで大勢の参拝客でにぎわっておりました。
 どうやら来年が本厄、再来年が後厄と3年間お参りする事になりそうです。
ちなみに、この厄神さんの社殿は、1585年に豊臣秀吉により再建された国の重要文化財とのことでした。
大勢の参拝者で登り
階段は規制されていました。
 
 
 
 
 

お守りに買った矢は、
巫女さんに持ってい
ただき特別に舞をして
祈願していただきました

 
 
 
 
 
 
 

ついでに厄の災いから身代わりになっ
ていただけるという有難いお守りを買ってまいりました。
 
 
 
 
 
 
 

ついでに厄を払うという
鐘つき堂がありましたので
鐘を3回つかせていただきました。
 
 
 

 
 
 
 
 

夜のライトアップもきれいでした。
三丹一といわれる厄神さん一度お参りください。
若い人の多いのに驚きました。

 
 
 
 
 
 
 

Snow magic ?!ここに家があったのに!


今週の月曜日まで、ここに古民家がありました。車も入れない場所ですが、おばあさんが数年前まで住んでおられました。
 依頼主様より解体をお願いされましたので、解体方法を検討いたしました。京都の街中では普通のことですが、私達の田舎では、車の入れない場所は、今では珍しくなっています。
古材を保存するわけではありませんが、大勢の人力でて壊しするしかありません。ミニバックホーが導入できるまで人力解体する事になりました。もちろん、多くの積み込みは人力です。
 人の力は偉大です。数日後、建物は消えてしまいました。そして今日雪が降り、全てを消してしまいました。

大勢で瓦降しです。
 
 
 
 
 
 

ミニバックホーが入れるようになれば、大分助かります。
 
 
 
 
 

しかし、産業廃棄物の処理のための分別は人力で行います。大変な労力です。
 
 
 
 
 

これが昨日の映像ですが、
 
 
 
 
 
 

本日の朝は、ミニバックホーだけが残されてしまいました。
 
 
 
 
 
 

人の力も偉大ですが、自然の力はもっと偉大ですね!
snow magic!