徹底的にさせていただいています!



夜久野町の古民家を購入していただきましたお客様のお宅を、ただ今徹底的に改修させていただいています。
丸善書店の「日本民家再生実例」に掲載させていただいたー勅使の古民家ーと同じような手間暇かけての改修です。現在屋根と内部の改修が進んでいます。もうすでに形が整ってきており、完成が楽しみな現場です。
ちなみにこれが掲載されました勅使の古民家です!

現在改修は急ピッチで進んでいます。



床もすべて撤去してコンクリートを打設しました。

現在進行中の状態です。




屋根もこのようなGL鋼板でできた瓦状の鉄板を葺いていきます。

これは何だかわかりますか?ちょっと薄暗いのでわかりにくいのですが、ツバメの巣です。遠くに見えるのがツバメが出入りした玄関の穴です。今度の家主さんは如何するでしょうか?


どうでしょうか?このお宅の見学会?が楽しみですね!
 
 
 

全て廃物利用!社長室の模様替え!と。・・

先日より続いています会社社屋の外装工事のついでに室内も少し模様替えしました。
といってもすべて古材等の廃物利用ですが・・・
格子の建具です。



以前に古材を切断して、自然系の塗料を塗っていたのが役に立っています。



廃物利用といえば、こちら。ホーロー桶の五右衛門風呂!初めてお湯を沸かしての入浴体験です!
入浴者は私ではありませんが、とても気持ちよく温まれるとのことでした。なんせ地下水の水なので天然温泉ですゾ!



 

久しぶりのブログです!

忘れてませんが、ほんと久しぶりです。
本当に秋は忙しいです。もうすぐ、福知山マラソンがありますので、日曜日くらいは遠距離を走らないと思って、妻と朝6時ごろから走っています。やっと25㎞位は自信がつきました。今度は月末に35㎞位に挑戦です。それが済めば、本番まで流そうと思っています。
ところで、職場のほうもバタバタしています。当社、20年ぶりに外壁の塗装をしています。仕事をしながらなので、石油系のニオイで、社内の者はヘキヘキしています。もう少しの辛抱です。
社内の室内のほうも、少し模様替えを考えています。1階の会議室は、建築の若手島野君が、何やら挑戦するようです。
私の部屋も少し模様替えをと考えてみました。そこでガラクタのある倉庫へ…良いものがありました。そう、格子の幅広い戸を見つけました。これで今から、改造計画を考えます。お楽しみに!

20年ぶりですか!部屋も模様替えを!

今は、散らかり放題です!ここが今に変わります!よいものを見つけました!

これを早速スチームできれいにします。


あとは色塗るだけ!

1.25mの幅の格子戸を2枚使い部屋の仕切りに使おうと思います。

おたのしみに!ああ忙しい!
 

木材劣化診断士の論述試験と閉所恐怖症?!


先日報告させていただいた「木材劣化診断士」試験のその後ですが、やっと論述が仕上がり、本日送付いたしました。
この論述試験ですが、実際に講習を受けた内容をもとに、実地試験として木材劣化診断を行い、報告書を作成せよという内容でした。
さすがに大学の先生たちが講義してくれただけに、簡単な卒業論文を作れ!みたいな試験ですよね。
ただあまり明確な解答例がないため、簡単な講義の本を参考にやってみることにしました。
木材劣化診断の診断物件は、私所有の勅使というところにある平家の再生民家です。「もともと築年数未詳の茶室住宅。7~80年位前に移築再生したものを7年前に一部を増築と再生行ったもの。5年前に一度シロアリの防蟻処理を行っている。今回、改修後における古材の状態を確認したい」として、早速調査をすることにしました。準備するものは、ライトやつなぎの作業着、軍手にカメラ、マイナスのドライバーや測定道具など、また天井用のはしごも用意。準備万端で、早速和室の畳をあげて、床板を外し入り込んだその時、突然不安がよぎりました。「そういえば、俺って閉所恐怖症の気があるんだった。」(実際、人間ドックのMRIの機械も苦手だった。)
急に不安が起き上がり、「一人で床下で動けなくなったらなど」と考えてしまう。一度、我が家の新築の時、水道管が壊れて、床下が水浸しになった時に一度床下に潜ったことがあったが、この古民家の床はさらに低く、30㎝ほどの隙間しかない。よわった物件の調査を考えたものだと後悔がはじまったが、ほかに考える時間の余裕はない。仕方なく頑張ることにしました。
そして今日、報告書が完成し、受験先へ送付いたしました。
それにしても、仮に木材劣化診断士に合格しても、この調査ができるのだろうか?ちょっと不安を感じています。

床をあげ、いざ床下へ!

あまり気分のいいものではありません。前も後ろも埃だらけです!

次は天井です!

屋根替えしているので昔の土壁が見えています!ところで、よくわかりませんが埃の中から昔の大工さんの技術発見!さお縁天井などで板の重ね目が密着する技術。今では死語ですが「稲子イナゴ」と言うそうです。

ちょっとわかりずらかったかも?!ところで、木材の診断はというと、少し問題なことを発見!
その原因が、この花かもしれません。これは「ムクゲ」の花です。

この花や「芙蓉」という花のそばには、あるハチが存在するようです。借孔性ハチ類の存在です。要するに木材に穴をあけて巣を作るハチたちです。家の周りを調査しますと、いたるところにこのような穴がありました。


キホリハナバチという種類は、「芙蓉」「ムクゲ」などの樹木の場所に集まってくるのだそうです。
そういえば、この樹木がたくさんあります。撤去も考えねば!

手前に咲いているのは「芙蓉」のようです。ついでに家の周りを調査していると、スズメバチの巣を発見!

早めに撤去しなければと考えています。そんなブログを考えているところに、3人の女子会のメンバーから差し入れです。

今日はこの辺で!

仏式の起工式と古民家で研修会!


今月は妙に忙しい!昨日は、新しい住宅の起工式と午後からは、私の所属する宅建業協会の青年部の研修会がありました。
通常は、住宅の新築といえば、新式の神主様の登場ということになるのですが、今回は仏式です。ご住職は臨済宗のご住職。なんと私の師匠様。(私もこの住職の弟子として得度を受けています)神式でいうと地鎮祭ということになりますが、今回は起工式ということで「大般若経」をはじめとするお経をあげていただきました。これもまた、霊験あらたか?!でいいですね。


午後は、京都府宅建協会第七支部の青年部の方々の研修会の講師を、私の所有する古民家でさせていただきました。
題して「古民家再生と不動産取引」でした。小さな古民家ですが、30名近くの人が集まりました。

 



この古民家で露天の五右衛門風呂の火入れを近日中に行います!

秋空の下、二軒の建前!

今月は忙しい毎日。台風も何とか逃れてくれ、少し暑いのが問題ですが、家の上棟には最適のシーズンになってきました。私自身がバタバタとしている中、2軒の上棟を済ませました。

一軒目のお宅は、平屋です。越屋根風屋根になっていてどちらかというと和風な感じですね。


平屋ですが、結構大きな梁や桁を使用しています。


もう一軒のお宅は、モダンな片流れ風の屋根になります。昨日上棟を済ませました。

こちらは、結構交通量の多い街道沿いのお宅です。敷地いっぱいの建築なので、レッカーと材料の搬入に苦労いたしました。交通の安全にも気を遣いました。


見晴らしは抜群のようです!

祭壇を作り、簡易ではありますが皆さんで、無事上棟を済ませたお礼と工事の安全を祭壇の前で祈願いたしました。


 

木材劣化診断士!


奇妙な名称ですが、公益社団「日本木材保存協会」が実施しています「木材劣化診断士」という木材の生物劣化(腐朽と虫害)の診断技術の専門家の資格試験です。この受験と講習に来ています。皆さん建築士か木材保存士の皆さんです。
講師の先生方も、大学の教授ばかりです。結構専門的なので少しビビッています。環境省の方々もオブザーバーで受講しています。
宿泊場所は浜松町なので、東京タワーが近くにあります。今朝は雨が降っていましたが、30分ほどジョギングをして東京タワーの周りを走ってきました。スカイツリーに人気を奪われたとはいえ、近くで見るとまだまだスゴイですね。近くには,貿易センタービルもあります。昔は、一番高いビルとニュースになっていたものですがね。
 どうしてもレトロなものに目が行ってしまいます。古民家に携わっているからですかね?!



 

社員旅行!よかった四国村!








道後温泉の歴史を勉強し、坊ちゃん湯を出発。訪れたのが「四国民族博物館」別名四国村。何度も四国を訪れているが、こんなところがあるとは知りませんでした。反省。
うどんを食べるだけの名所かと思いきや、四国の民家を集め、周辺の環境を巧みに取り入れたユニークな屋外博物館でした。
まず訪れたうどんやさん「わらや」は満員の大行列ができるほどの大賑わいです。
 早速食事の後、四国村へ。珍しい「かずら橋」を渡っての入村です。当社員の企画とはいえ、古民家の見学とは。。GOOD!でしたね。木の使い、土の使い、石の使い、火の使い。どれを見ても素晴らしい日本民家の巧みを見せていただきました。残念ながら、時間がなく、ゆっくり見ることができませんでしたが、半日はゆっくり堪能できると思いますよ。一度訪れてみてください.



 

ほーんと久しぶり!道後温泉1泊社員旅行です。




世の中が不況の中、毎月一生懸命ためた旅行貯金で、若いメンバーが社員研修旅行を企画しました。残念ながら、運動会時期で4名のメンバーは参加することができませんでしたが、16名の社員がバスで道後温泉を目指しました。
今回は、職場改善委員会の若いメンバーが、定年退職された水谷さんの送別会もかねて楽しい祝宴を開いてくれました。

通常みられるような、コンパニオンさんがいるような宴会ではありませんが、楽しいチームごとに分かれてのクイズや利きビールコンテストなど様々なゲームがあり、宴会時間を過ぎても大いに盛り上がりました。












今彼ら若者たち
は街に繰り出しています!

解体建物を利用して応急危険度判定実施訓練!


昭和29年から38年にかけて建てられ福知山市営の南天田団地の木造建物の解体が始まりました。当社が福知山市より請け負ったものです。解体する建物の数は集会所などを含め26棟。一つの集落が消えてしまうのです。
今回、この解体する木造建物を利用して、京都府から地震被災建築物応急判定の実施訓練を実施したい旨の要望があり、実施訓練となったものです。
一般にも呼び掛けられ(といっても建築関係の方々ばかりですが・・)、実施訓練が9月12日に、市の防災センターに集まって解体現場に向かったのです。当社からも、山尾、村岡の両君が参加し、実施訓練に汗を流していました。


集会所も解体されます。すでに解体は始まっています。



判定訓練には3棟が使われます。重機で傾かせたものもあります。


いよいよ判定訓練開始です。



当社の村岡、山尾両君も訓練に参加しています。


はたして判定は?


 

福の神!仙臺四郎(せんだいしろう)・・笑門来福!

仙台を訪れたもう一つの目的がありました。それは、福の神「仙臺四郎」がお祀りされているという三瀧山不動院というお寺にお参りし、「仙臺四郎」グッズを購入してくること。

仙台市内の商店街の一角に三瀧山不動院はありました。案内してもらわなければ、まったく気が付かない場所です。
仙台市内の多くのお店に飾ってある置物や色紙になった仙臺四郎さんとは?こんなことが書かれていました。「時は明治。此れは、生まれながらにして福の神となった仙臺四郎なり。彼の通りたる小路、花が咲き、彼の行たる商店繁盛す。彼の入場せる興業、座一つとして空くことなし。ほんに仙臺名物 福の神なり」と。
彼は、江戸末期から明治にかけて仙台に実在した人物だそうです。彼は、言葉はほとんど話せず「四郎馬鹿(シロバカ)」と呼ばれ、街を徘徊していたそうですが、彼が立ち寄る店は必ず繁盛し、彼が抱く子供は丈夫に育つということから、当時から大変な人気となり伝説となったようです。今でも仙台の福の神として愛され、彼の姿を過程で飾ると霊験があらたかになるという信仰になっているようです。
そんな四郎さんがいます三瀧不動院へ福知山東ライオンズの面々は、真剣にお参りし、たくさんのグッズを仕入れてきたのでした。
静かだった不動院門前の店内が、福知山東ライオンズのお客で、突然大賑わい!何十枚もあった四郎さんの色紙が瞬く間に完売!慌てふためくグッズを販売しているおばさんです。

商店街のよく見なければ通り過ぎてしまうような場所にありました


すべて四郎グッズです。

みなさんも一つ飾ってみてください。

震災後初めての東北!仙台紀行・・・

3・11の東日本大震災から1年半。私が会長を務めさせていただいています福知山東ライオンズクラブ19名は、震災後の東北を初めて訪れました。今年復興支援チャリティー絵画展で1700万円近くを売り上げた収益を、福知山市を通じて東北へ義援金として贈ったことを契機に、「やはり今の東北を見るべし!」の思いから仙台五城ライオンズクラブさんを通じて現地の子供たちへも義援金を持っていく取り組みとして実現いたしました。
一日目は、仙台空港を皮切りに、石巻までの沿岸の津波による被害現場を視察してまいりました。仙台の都市部付近の瓦礫はだいぶなくなったというものの都市部を離れるにつれ、被害のつめ跡はまだまだ残っていました。被害の甚大さに言葉もない私達でしたが、訪れたことへの後悔はありませんでした。
石巻市の津波によって流失した油によって焼失した門脇小学校、廃墟となった住宅地、いまだに架線が垂れ下がり線路が砂に埋もれ閉鎖された駅、そんな中で、現地の皆様一人一人が被災の「かたりべ」となって体験談を語ってくれました。
 今月からバスガイドに復帰したというガイドさんの淡々と語る被災の日の体験談。被災後勤務するバス会社がなくなり、船上でのアルバイトでの海苔の販売、やっと1年半かかってやりたかったバスガイドへの復帰など。そこには、体験したものでなければわからない多くの「かたり」がありました。ぜひこの機会に多くの人が東北を訪れていただき、お金を使うことも含め、今後のわたくしたちの生き方、あり方を考えてみるのもよいのではないでしょうか。
仙台空港に到着!


少なくなったとはいえ、がれきは残っています
1日目の現地を案内してくださった
仙台五城ライオンズクラブの会長さんです。この方は三陸町出身の方で被災した三陸町役場庁舎の設計をした方でもあります。町長とも同級生だとか。


まだまだそのままの状態の建物が至る所に残っています。



現地を一望できる慰霊の高台を訪れました。頂上付近まで水が来たのだとか



被災し
んが「かたりべ」です。この方はバスの運転手さんです。
 
石巻の焼失した門脇小学校




学校の周りの住宅街には今も生活の跡が・・・

廃校となった学校はたくさんありました

こちらは未だに復旧の見込み
のない仙石線





多くの観光客も訪れてくれています。
松島の瑞巌寺。こちらは被害がすくなかっというものの津波は到達していました


復活!塩釜の蒲鉾工場


津波は青い壁のところまで来たのだという。

バスの中で被災経験を淡々と語ってくれた
彼女たちの生活のためにも皆さん東北へ行きま
しょう!

 

様々な思い出が・・再生そして新築・・

    それぞれの家族の思い出をもつ家。再生しながら家を残していくお手伝いは、現場担当者にとって苦労は多いのですが、仕事が完成した時の充実感も大きいものです。
もちろん新築の家を完成した時の喜びはそれ以上であるわけですが・・
ただひとつ、「残念だなあ!」と思うことがあります。それは、これまで住んでおられた古民家を解体しなければならない時です。
 今まで多くの家を解体してきましたが、昔の匠の技と素材を消してしまうもったいなさを感じることがよくあります。
 この夏、廃村になった集落の片隅にある御宅を再生していますが、それとは反対に2軒の立派な古民家を解体しなければならないことになりました。
一軒は、無住となって10年以上となった大きな古民家です。1年間、古民家住宅として売りに出していたのですが、屋根の傷み具合がひどく、再生にも建物が大きため千万円単位の再生費用が予測されるため、止むなく解体の道筋を選択していただきました。
 また、もう一軒は、私が昔から注目していました藁葺き2階建ての住宅です。建ってからの年数は70年程度と比較的茅葺きの民家としては新しいモノでした。ですから、2階建てになっているのですが・・・こちらは、比較的あたしらしい住宅のため、もともと1階2階は天井で仕切られており、囲炉裏等の煙を燻して屋根裏を燻蒸する機能がなかったため、茅葺き屋根も傷みやすいようで、葺替えに数百万円単位の費用が予測されるため、やむなく建て替えとなったわけです。このように、持ち主様も解体を望んだわけではないのですが、やむなく解体ということが時折あります。残念なことですが・・・
冒頭の写真は今から40数年前の大江町仏性寺の風景です。右端に僅かに切り妻の屋根の端だけが写っていますが、その建物が再生中の建物です。



施主様から当時の写真を見せていただきました。また、当時の丈のストックをいただきました。今度スキー場で使用してみようと思っています。


このストック非常に丁寧に作ってあります。もちろん手作りのようです。



こちらもただいま再生中のお宅です。大きな屋根が立派です。屋根も只今塗り替え中です。
 
 

 
 

このお宅は残念ながら新しい家を建てたあとに解体しなければなりません。

現在当社の土木部の社員が進入路のブロック積みの擁壁をしています。


こちらは、残念ながら母屋は解体して本日は地鎮祭です。でも離れは改造して残しています。地鎮祭の準備をしているのは、大工経験もある監督の武田さん。



このお宅は、一年間ほど当社で売却不動産として、田舎ねっと日本はじめ様々な方法で売却を試みましたが、残念ながら痛みが激しく解体しなければなりません。非常に残念です。

 

今年も地蔵盆を楽しみました!

 
この夏の立原の地蔵祭りは8月25日の土曜日でした。今年は、雨が少なく、暑い暑い地蔵盆になりました。
 今年は、どこも忙しいらしく出店や屋台が少なく寂しい立原のメインストリートでしたが、岸下建設の社屋の前だけは、沖縄音楽の三線・太鼓・ギターの音色で大賑わい。もちろん、生ビール飲み放題とホルモン鍋の無料サービスは毎年のこと。
 三線グループの「てぃんがーら」(あまのがわ)は、立原区からもご招待を受け、急遽公会堂前のステージでの演奏をお願いされていました。
 また一つ、暑―い夏の行事が済みました。みなさん、来年もおいでください。

三線バンド「てぃんがーら」


花火大会のあとは、公会堂前の舞台に登場!

 

そば三昧・・・


 
この夏、そば職人となり嫁さんをもらったMくんがやってきた。とても立派になっていた。嫁さんをもらうとこんなに違うのか改めて驚いた。
 その彼が、隣町の兵庫県丹波市の市島町でお蕎麦屋の職人さんをやっているというので行ってみることにした。
最近ではマスコミにも知られ結構有名なお蕎麦屋さんだった。実は、このお蕎麦屋さんというか、この古民家のお店はなぜか私の頭の映像には過去にインプットされていた建物だった。看板も目立つように出していないのだが、「お蕎麦屋さん」という印象だけがあった。だからすぐにここだとわかった。
そのお蕎麦屋さんの名は「そばんち」!
予約制のお蕎麦屋さんだ。前日からM君に予約しておいた。
お店を訪れると、休日ということもあり、あとからあとから車が入ってくる。しかし、予約をしていないのか、残念そうに帰っていくお客が多いこと。店の中は、そんなに混んでいないのだが・・・
M君に尋ねると、蕎麦が予約の人の分しかないのだとか。もったいない話だが、食べさせていただくお客にとっては、混雑もなくのんびり出来てありがたい話だ。
 今回は「そば三昧」というコースのお蕎麦を頂いた。おいしくて途中写真を撮るのを忘れていた。全部ではないが、ご紹介しよう。あとは、「そばんち」のホームページで見てほしい。
 

このお蕎麦は辛大根とわさびが載っていた。スダチをかけると辛大根の色が変わり綺麗なピンクとなった。
 
 
 





お店の2階はギャラリーになっており、地元在住の作家さんたちの作品が展示されている。


 
 
 
 
 
これはちょっとおまけの話だが・・・後日Mくんのお嫁さんのケーキをご馳走になった。
パティシエをしていたという。とても美味しかった。

 

一度離れた40数年前の我が家が今再び!・・・


 
今回の再生の御宅は、実に環境の良い場所にありました。ご主人が来社され、家の解体の相談にこられたのでした。そのお宅は既に40数年前に離村された大江山の奥の方にある集落の一角にありました。
 解体したあとで、山の伐採や山歩きを楽しむための簡単な宿泊施設をお考えのようでした。




 私は、40数年残された住宅を拝見し、一度調査させていただくことをお願いし、どうにか再生したいと申し上げたのでした。
 
 
そのきっかけは二つありました。ひとつは、蔵の中から幼い少女たちが使っていた竹製のスキーストックと木製のスキー板が綺麗な状態ででてきたのと、2階の和室の壁や天井、梁などが綺麗な状態で残っていたからです。





 蔵は残念ながら、壊すことになりましたが、住宅の方は、一部が大変なことになっていましたが、なんとか職人さんたちの努力で再生することが可能となりました。








 大江山に登る麓の集落で仏性時の一番奥にあるとても素敵な場所です。夏は、信州のリゾート地に負けない環境になっています。一度出かけてみま
せんか?
 













 

なんとかお盆に間に合いました!露天の五右衛門風呂!

 
ブログも書かずに、一生懸命露天風呂造りをしていました。なんとか格好だけはお盆休みに間に合いました。
2年半前に、酒蔵元の解体現場から頂いてきましたホーロー製の酒樽を利用して、勅使の古民家再生の隠れ家に、露天の五右衛門風呂と和風のウッドデッキを造っています。
 ウッドデッキもなんとか完成。五右衛門風呂も火入れを済ませるだけとなりました。まだ、全ては完成していないのですが、早速若者たちが、井戸水を使用した水風呂で奇声を上げています。

完成までの経過は後日報告いたします。まずは、途中報告です。
この夏も勅使の古民家は若者で大賑わい!

外は雨のため、やむなく囲炉裏でバーベキューです。

やがて宴も盛り上がり注目は外の五右衛門風呂!

冷たい井戸水にもかかわらず

水風呂でみんなさっぱりしました。

冷たい井戸水を五右衛門風呂で沸かせば、立派な温泉風呂です。ゲス板(五右衛門風呂の底に敷く板の事)も総檜で作りました。

こんな暮らしにも憧れるのですが・・・

 
この写真は7~8年前の風景です。のどかな田園地帯に立つ2階建ての茅葺き住宅です。私も何度か写真を撮っていたのですが。
二年前から屋根が痛み始め、とうとう昨年もブルーシートで雪を凌いだのですが、新しい母家を建て替えるために今年いっぱいで姿を消すことになりました。珍しい二階建ての茅葺き住宅です。

築年数的には、70年余りの建物なので、既に2階も天井が貼られており、囲炉裏等で燻されておりません。このため、内部からの燻の効果もないため、茅葺き屋根の痛みの進み具合も早かったのではと思われます。

今回の改築工事のご挨拶に、ご近所をご訪問。向かえに見えるのが茅葺き屋根の風景です。ここではのどかなニワトリたちの風景が見られました。そこには、珍しい烏骨鶏や名古屋コーチン、昔懐かしいプリマスロックなど、淡いブルーの卵を産むアローカナというチリ原産のニワトリなどが遊んでいました。



白い烏骨鶏です!

名古屋コーチンだとか。

ニワトリ小屋から見える茅葺き住宅の風景です!残念ですが取り壊します。
楽しくお話をしていますと、飼い主の方から様々な卵をいただきました。なんと美しい卵なのでしょう!早速、烏骨鶏の卵を卵かけご飯でいただきました。

烏骨鶏の卵のようです。

アローカナという鶏の卵は少し淡いブルーの色をしています。カメラが悪いのでわかりませんが・・・

烏骨鶏の卵は真っ黄色でした。

社内検査!完成物件2件!

 
昨日、古民家再生のお宅と新築のために離れをリフォームされたお宅の社内検査を実施しました。
 検査を受けるのは、監督員の武田さんと戸田さん。社内検査員は建築設計の山尾係長、白井課長、山本部長とストーブの販売担当ながら、こちらも1級建築士の村岡さん、検査を受ける側もする側も建築士や施工管理技士の資格は十分の猛者ばかり。
施主様からの御挨拶の後は厳しいチェックばかり、大きな手直しはなかったものの、ああすればよかったのでは、こうではなかったかというやり取りが続く・・  
 緊張した様子で早速検査の書類を用意する監督員の武田さん!彼は1級建築施工管理技士でもあり急の建築士資格も持っている方だ。
早速厳しい顔つきで検査が始まる!

彼村岡氏もストーブショップの担当者だが、1級建築士だ!



このお宅は今月末に見学会をさせて頂きます。ありがたいことです。

ついつい話が長くなっていきます。

さて次の現場は、離れのリフォーム現場です。 
担当監督は設計事務所経験もある戸田くんです!
これはなんでしょう?
設計担当の山尾くんが説明します。

これはなんでしょうか?

このワンちゃん専用の玄関だそうです。
 
さてここでも村岡さん真剣です!

何を話していたのでしょう?!
何はともあれ、無事検査は済みました。めでたしめでたし!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

特集第2段!鬼太郎の生まれ故郷!「境港」水木しげるロードを訪ねる!

鳥取県の「境港(さかいみなと)」市は知らなくても、漫画の「水木しげる」や「ゲゲゲの鬼太郎」は知っているでしょう。
 その架空漫画の妖怪キャラクターだけで、年間300万人を越える観光客が訪れるという山陰の名所?「水木しげるロード」を訪ねてみました。全長わずか800メートルの間に、妖怪をモチーフにした銅像が139体とか。まさに至る所に妖怪のオブジェがありました。
 
 


奇妙な妖怪にもかかわらず、なぜか深夜に一人で通っても怖くない印象があるのはなぜか?まさに漫画家水木しげる氏そのもののキャラクターだからなのでしょうね。


アベックも祈念?記念写真!

町のすべての商品が全て
水木しげるワールドです!

パンも!


ラーメンも







 まちは、鬼太郎はじめ水木しげるの作品1色です。この街の中でつくられるものに関しての著作権は許されているとか?いやはや、水木しげる氏の心の偉大さに恐れ入るばかりです。
極めつけは,この信用金庫さんです!みすぽらしいキャッシュコーナーにある表示


水木しげる記念館に行ってみました!



管内は撮影禁止の場所もあります!

水木作品の紹介が。鬼太郎も最初は「墓場の鬼太郎」でした。「ゲゲゲの女房」では売れますが、
「墓場の女房」ではネエ!


管内の庭にもいたるところに妖怪が・・


 日本の都道府県の中でも、もっとも地味な県を代表する「鳥取」に年間300万人以上の観光客が訪れる地があるなんて皆さん知っていましたか?
 今では、外国人観光客も多いようです。私が訪れた時も中国からの団体客がありました。
おまけです!鳥取に行ったついでに島根県の安木にいき、「安木節」を聞き、「どじょうすくい」を習ってきました。

 
 


山陰の旅も楽しいものです。